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『ひまりの一打』 - プレイヤーとキャディというタッグを通して

「アスリートを扱った作品」の第三弾は、半田畔『ひまりの一打』(集英社文庫、2021年)。プロゴルファー・中原ひまりのゴルフに対する考え方・思い入れを軸に、女子プロの世界、コーチ・キャディというタッグのあり方、スポンサーとの関係、ライバルとの駆け引き、ゴルフというスポーツの魅力が語られています。

 

[おもしろさ] プロゴルファーという過酷なお仕事

毎年、3月~11月に行われるレギュラーツアー。開催される大会はテレビでも放映されます。優勝でもすれば、大きな賞金を獲得することができ、世間でも注目の的となります。レギュラーツアーに出場資格がない選手でも、その年に行われる下部ツアーと呼ばれるトーナメントを勝ち抜くことができれば、翌年の出場資格を得ることができるのです。勝てば、何百万、何千万という高額の賞金が出るとはいえ、結果が出なければ、食べていくことはできません。厳しい世界です。だから、男女を問わず、どの選手もスポンサーを必要とします。スポーツメーカーやアパレルメーカーのみならず、一般の企業が名乗りを上げることもあります。選手は、そうしたスポンサー企業と契約し、その会社の所属となるのです。成績が伴わなければ、その契約もどんどん打ち切られていくという条件なのですが……。本書の特色は、ともに挫折を経験したゴルファーでもある中原ひまりと、彼女の憧れのゴルファーだった三浦真人が「プレイヤーとキャディ」という形でタッグを組み、傷つけあいながらも良きパートナーとして成長を遂げていくというストーリを軸に、プロゴルファーという仕事を描いた作品でもある点にあります。

 

[あらすじ] 「パアアンッ!」という打球音と空振り

父親が運営するゴルフ練習場。隣接する自宅で育った中原ひまりは、ゴルフが好きではありませんでした。しかし、長く手伝いをしていると、「球を打った音」だけで、打球の行方やショットの質が分かるようになっていました。ある日、「パアアンッ!」という打球音を聞きます。ゴルフバッグのネームプレートには、「三浦真人」という文字が。彼から手渡された6番アイアンは、ひまりが初めて握ったクラブ。結果は空振りでした。「ゴルフは一打で、300メートル以上飛ばす。野球のホームランで言えば二倍以上の距離だ」「ゴルフとは、自分自身を飛ばすスポーツなんだ」と真人。小学三年生のひまりとゴルフとの出会いでした。歳月は流れて、ひまりは20歳に。プロに転向して1年目の昨年。ひまりは、出場した大会で好成績を残し、「意表を衝くプレー」という文言とともにすごい新人が出現したと騒がれます。が、まもなく成績は低迷し、三社あったスポンサーもわずか一社に減少。千葉プラチナ女子オープンの予選最終日、「迷ったときには、わくわくするほうを選ぶ」というモットーにしたがった結果は、予選落ち。その後、ひまりは、唯一のスポンサーであるスポーツ企業サイカワの斎川和俊取締役会長に呼び出されます。そして、同じく同社がスポンサーになっていた三浦真人にキャディになってもらったらどうかと打診されます。三浦は花形選手として活躍したものの、2年前の事故で第一線から身を引いていました。選手としてはフィールドに出られないが、キャディなら不可能ではないと考えられたのです。こうして、ひまりは、たった一度だけ練習場で出会い、そしてゴルフを始めるきっかけを作ってくれた男子プロとタッグを組むことになります。