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『あしたの官僚』 - ブラック企業顔負けの労働現場のなかで

「官僚を扱った作品」の第二弾は、周木律『あしたの官僚』(新潮社、2021年)です。厚生労働省キャリア技官として働いている松瀬尊30歳の目線で、官僚という世界のオモテとウラが浮き彫りにされています。「俺……官僚になるよ。立派な官僚になって、日本のために働くんだ」。それは、高校を卒業した日の友との約束。刺激を受けたのは、『官僚たちの夏』の主人公・風越信吾。彼に憧れて官僚になったものの、ブラック企業顔負けの労働現場と理想とのギャップの大きさに揺れ動く激務の毎日でした。

 

[おもしろさ] 8つの職務を兼務するという肩書

厚生労働省調査課調査係長の席について仕事をしている松瀬尊30歳。名刺を見ると、「総務課公共保全専門官(併)総務第一係長(併)管理係長(併)評価課公共保全確認検査官(併)確認係長(併)指導係長(併)調査課調査係長(併)保全係長」と、まるでお経のようですが、これで一つの肩書なのです。(併)とは併任、民間企業でいう兼務のことです。霞が関では、けっしてめずらしいケースではないようです。それは、平成18年に始まった「行政機関の定員の純減」計画によるもの。そのため、彼は実にたくさんの業務をこなさなければなりません。能力不足でいい加減な部下の曳家定次25歳には仕事を任せられず、資料作りから決済までの国会業務や苦情電話への対応も、すべて引き受けている状況です。深夜残業は当たり前で、パワハラ、国会議員からの突き上げ、タテ割行政の歪み……と、肉体的にも精神的にも潰されそうに感じています。

 

[あらすじ] 官僚の底力が発揮されるようになるまでの長い道のり

心の中では、常に「国の将来を思い描き、そのために汗水を垂らして働けることに誇りを持ち、職業人として生きてきた」松瀬。ところが、クレーマー、いい加減な部下、何もしない上司、身勝手な注文ばかりの国会議員、ときには「つるし上げ」のような様相を呈することとなる数々の「陳情団」などと格闘していると、脱力感に支配されがちになってしまいます。ある日、松瀬は、新潟県佐間市の風力発電所の周辺で体調不良者がたくさん発生しているので、対応してほしいという陳情者の相談に乗ることになります。それは、保健所でも、環境省でも、経産省でも、国交省でも、新潟県や佐間市のどこからもまったく相手にされない案件でした。孤立無権のまま、後に「佐間病」と称されるようになる病の原因の究明に追われる松瀬。しかも、事実関係を無視した嘘や憶測をベースに、週刊誌には「忖度官僚のM係長」と書かれ、国民の非難の的に……。「これは自分たちの仕事だ」と初めて認識するに至った官僚たちは、ついにその底力を発揮するようになります。