経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

経済小説のキホン③

経済小説案内人イチケンです。経済小説の基礎知識をご紹介しています。

前回は「役割・意義」や、「ジャンル」について、お伝えしました。

最終日の今日は、こちらの二つのキホンについて取り上げます。

 

 

6  経済小説の作家には、どのような人がいるの?

経済小説の作家には、どのような人がいるのかについて説明するなかで、経済小説の歴史・トレンドを確認しておきましょう。
経済小説の作家・デビュー作・元の職業を、作家のデビュー順に整理してみますと、大きな流れを読み取ることができます。いずれも代表的な作家ですので、初めて経済小説にチャレンジしようと思っておられる方は、それらの作家の本から読み始めることをお薦めします。
もちろん、このように区分したからといって、特定の世代で紹介した作家がそのあと執筆活動をやめているわけではありません。その後も、多くの優れた作品を書き続けられるケースが一般的です。世代に分けるのは、あくまでも、一つの目安だと考えてください。

A)第一世代:高度成長期(1955~73年)に登場する「パイオニア世代」 

城山三郎(しろやま さぶろう) 『総会屋錦城』(1958年):私立大学教員
梶山季之(かじやま としゆき) 『黒の試走車』(1962年):雑誌のフリーライター
邦光史郎(くにみつ しろう) 『欲望の媒体』(1962年):放送作家
清水一行(しみず いっこう) 『小説兜町』 (1966年):フリーライター   
山崎豊子(やまざき とよこ)華麗なる一族』(1973年):新聞記者

POINT

第一世代の作家は、読者の知らない、いわば「未知の世界」を紹介したパイオニア世代です。当時はまだ、企業の内部について知る術があまりなかったわけですので、経済小説はそうしたニーズにも応えたのです。

B)第二世代:高度成長が終焉し、安定成長期に入った1970年代中頃以降に登場 

高杉 良(たかすぎ りょう)『虚構の城』(1975年):業界雑誌編集
堺屋太一(さかいや たいち)『油断!』(1975年):官僚
渡辺一雄(わたなべ かずお)『野望の椅子』(1976年):百貨店
山田智彦(やまだ ともひこ)『重役室25時』(1977年):銀行
深田祐介(ふかだ ゆうすけ)『日本悪妻に乾杯』(1978年):航空会社
広瀬仁紀(ひろせ にき)  『銀行頭取室』(1978年):フリーのルポライター
笹子勝成(ささご かつや) 『頭取敗れたり』(1980年):雑誌編集
本所次郎(ほんしょ じろう)『男たちの闘い』(1980年):新聞記者
安田二郎(やすだ じろう) 『兜町の狩人』(1980年):株式評論
安土 敏(あづち さとし)  『小説流通産業』(1981年):スーパー
大下英治(おおした えいじ)『小説電通』(1981年):雑誌専属記者

POINT

経済小説が一つのジャンルとして確立した時代の作家たちということができます。内容には緻密さとリアリティが要求されるようになってきます。現場経験がものを言うようになってきた世代とも言えるでしょう。

C)第三世代:1980年代中頃以降に登場。バブル経済の時期に相当

江波戸哲夫(えばと てつお) 『小説大蔵省』(1984年):出版社編集
高任和夫(たかとう かずお) 『商社審査部25時』(1985年):総合商社の審査部
杉田 望(すぎた のぞむ)  『プラントビジネス』(1986年):業界紙編集
水沢 溪(みずさわ けい)  『巨大証券の犯罪』(1989年):証券会社
浅川 純 (あさかわ じゅん) 『社内犯罪講座』(1990年):電機会社
荒 和雄(あら かずお)   『小説「金融再編成」(1992年):銀行

POINT

読者の目も肥えてきて、おおまかな流れ・叙述では満足しなくなってきていますので、前の世代・時代よりもなお一層、現役もしくは経験者でしかわからない領域が描かれるようになってきています。ただ、そうは言っても「ミクロの世界」(企業や業界の内部世界)のおもしろさだけで完結するわけではありません。ミクロ・ディテールを描きながらも、「マクロな視点」、時代の流れや時代感覚を表現できるような叙述・内容を要求されるようになってきているように考えられます。

D)第四世代(A):経済のグローバル化が進展する1990年後半から2000年以降に登場 

幸田真音(こうだ まいん)  『回避』(1995年):アメリカ系銀行・証券会社
牛島 信(うしじま しん)株主総会』(1997年):弁護士
池井戸 潤(いけいど じゅん) 『果つる底なき』(1998年):銀行員
黒木 亮(くろき りょう)  『トップ・レフト』(2000年):国際金融マン
江上 剛(えがみ ごう)   『非情銀行』(2002年):銀行員
橘 玲(たちばな あきら)マネーロンダリング』(2002年):出版社の編集者
真山 仁(まやま じん) 『ハゲタカ』(2004年):新聞記者
阿川大樹(あがわ たいじゅ) 『覇権の標的』(2005年):半導体技術者
相場英雄(あいば ひでお) 『デフォルト』(2005年):通信社記者

POINT

これまでの作品は、どちらかと言いますと、国内・企業内の問題に終始する傾向が強かったのですが、1990年代後半以降に登場する作品の多くは、経済のグローバル化を背景にして、国際問題にも鋭い分析力を有しています。次に、従来の経済小説にはあまり女性の主人公が登場しなかったのですが、そうした特徴点が少しずつではありますが、変化の兆しを見せ始めます。ただし、登場する女性の多くは、外資系の企業で国際金融に携わる女性など、依然として限られた分野でした。その意味では、日本企業における女性の置かれている立場を真正面から捉えた本格的な作品となりますと、まだ少なかったと言わざるを得ません。しかしながら、次に述べる「第四世代(B)」によって、経済小説のコンテンツと広がりが一層大きく変わりつつあるのが昨今の状況です。

E)第四世代(B):1990年代後半から2000年以降に登場。経済小説の世界が一層拡大

貴志祐介(きし ゆうすけ) 『黒い家』(1997年)
原 宏一(はら こういち) 『極楽カンパニー』(1998年)
荻原 浩(おぎはら ひろし) 『オロロ畑でつかまえて』(1998年)
石田衣良(いしだ いら) 『波のうえの魔術師』(2001年)       
安藤祐介(あんどう ゆうすけ) 『被取締役新入社員』(2008年)
有川 浩(ありかわ ひろ) 『フリーター、家を買う』(2009年)

POINT

第四世代(B)が活動を開始した時期は、第四世代(A)の作家とほぼ同じ時期なのですが、大きな違いがあります。第一世代から第四世代(A)までの作家の大半は、どちらと言えば、経済小説を中心に作品を発表してきた方々でした。しかし、この世代は、推理小説、家庭小説、青春小説など、経済小説以外の作品がメインであるにもかかわらず、事実上経済小説のジャンルに属すると考えられる作品も発表している作家たちです。さらに、経営コンサルタント、会計士などの専門職に就いている方が小説の形でビジネス書を書くようになってくるのも、新しい傾向と言えるでしょう。

 

7 経済小説の世界に新潮流

1990年代末頃から、経済小説の世界に新たな流れが出てきているようです。今一度どういった特徴があるのかをご説明しましょう。
それ以前の経済小説の特徴点は、①主な舞台が企業であったこと、②作家も主人公も、ほとんどは男性だったこと、③中高年の男性の愛読書という要素が強かったことです。
ところが、新しい潮流の特徴点は、①企業のみならず、国・地方自治体、個人を扱った作品が増えたこと、②女性の作家やヒロインが増加したこと、③若者から中高年、さらには高齢者に至るまで、幅広い年齢層を対象にする作品が登場していること、④「国を変える」「企業・組織を活性化する」「人を鍛える」といったテーマに関わる作品が増加したことです。
では、そうした変化の背景には、どのような時代状況の変化があるのでしょうか?
時代状況の変化として挙げられるのは、①グローバル化が進展した1990年代以降、日本のような先進国では低成長が当たり前になったこと、②成熟した結果、モデルが見当たらなくなり、先が見えない不透明感が蔓延するようになったこと、③少子・高齢化が進展したこと、④物質的に「豊かな社会」が実現したことで、明確な目標が見出しにくい状況が生まれていることです。
それだけではありません。そうした時代状況の変化が、「国・地方自治体」「企業・組織」「個人」という三つのレベルにおいて、それぞれに新しい諸課題を生み出すことになるからです。
まず、「国・地方自治体」レベルでは、グローバルな競争の激化、後進国の追い上げなどのなかで、より強靭な経済力の構築が重要な課題になっています。次に、「企業」レベルでは、「企業の再生・活性化」「ブレない基準・軸や戦略」の創出がこれまで以上に重視されるようになっています。最後に、「個人」レベルでは、働きがい探し、自己実現、モチベーションの向上が不可欠な要素になってきているのです。すでに触れたように、「国を変える」「企業・組織を活性化する」「人を鍛える」といったテーマに関わる作品が増加したのも、そのような事情との絡みなのです。