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『琥珀の夢 小説鳥井信治郎』-「やってみなはれ」の気概が創り上げた洋酒文化

「ドラマの原作本」の第四弾は、伊集院静琥珀の夢 小説鳥井信治郎』(上下巻、集英社、2017年)。2018年にテレビ東京で放映されたドラマ『琥珀の夢』の原作です。内野聖陽さんが熱演した、サントリーの創業者である鳥井信治郎は、とても印象深いものでした。鳥井信治郎の伝記小説としては、ほかにも邦光史郎『やってみなはれ 芳醇な樽』(集英社文庫、1991年)があります。読み比べてみるのも、一興ではないでしょうか! 経済小説には、この作品のように、同じ企業の歴史や企業人の生涯を複数の作家が視点を変えて描いた作品もたくさんあるのです。

 

[おもしろさ] 先駆者魂もしっかりとした「基本」があればこそ

日本における洋酒文化の創生に一生を投じた、鳥井商店、寿屋、サントリーの創業者・鳥井信治郎。新しいことにチャレンジする者にかけられる「やってみなはれ」という励ましの言葉は非常に有名です。ところで、寿屋、サントリーというと、宣伝・広告のうまさ、新しい事業に対する旺盛なチャレンジ精神が思い浮かびます。しかし、この本を読みますと、実に堅実な条件整備を行ったうえでのアクションであったことがよくわかります。無謀ともいえるウイスキーづくりへの挑戦は、その分野の先駆者ともいえる竹鶴政孝を「三顧の礼」で雇い入れたうえでのこと。そして、「商いはどんなもんを売ろうと、それをお客はんが手に取ってみたい。使こうてみたい、飲んでみたいと思ってくれはらなあかん」という商人としての「基本」がきちんと押さえられていたのです。「やってみなはれ」というチャレンジングな姿勢と、商人としての「基本」をしっかりと踏まえるという姿勢。そのふたつが絡み合うことの大切さを気づかせてくれる好著なのです。

 

[あらすじ] 「琥珀色のウイスキー」に賭けた生涯

信治郎が鳥井忠兵衛の次男として、大阪・船場で生まれたのは明治12年のこと。13歳で、栄養剤・強壮剤としてウイスキー、葡萄酒、ビールなどのアルコール類を扱っていた小西儀助商店という薬種商店に奉公します。それが洋酒との出会いでした。独立した信治郎は、葡萄酒の製造と販売に挑戦、高級葡萄酒の赤玉ポートワインを完成させます。「面白い。やってみなはれ」。世間を驚かせた宣伝方法がありました。次なる目標は、「琥珀色の飲み物」であるウイスキーの製造でした。それは、図り知れない困難を伴うものでした。本格的なウイスキーは、スコットランドの土地以外、世界のどこでもやったことがないものだったのです。しかも、経営的にも、5年から10年もの間、1銭も入ってこないわけですから。

 

琥珀の夢 上 小説 鳥井信治郎

琥珀の夢 上 小説 鳥井信治郎

 
琥珀の夢 下 小説 鳥井信治郎

琥珀の夢 下 小説 鳥井信治郎

 
やってみなはれ 芳醇な樽 (集英社文庫)

やってみなはれ 芳醇な樽 (集英社文庫)