経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『お家さん』 - 戦前期、日本一の商社となった鈴木商店の立役者

「企業をモデルにした作品」の第五弾は、玉岡かおる『お家さん』(上下巻、新潮文庫、2010年)です。大正から昭和の初めにかけて、三井や三菱を凌ぎ、日本一の年商を誇った巨大商社・鈴木商店の成り立ち・発展・没落の歴史が、「お家さん」と称された同店女主人の目線で描かれた作品。2014年5月9日に読売テレビで放映された単発のスペシャルドラマ『お家さん』(天海祐希小栗旬主演)の原作本でもあります。ちなみに、鈴木商店の流れをくむ企業として、双日日商岩井)、神戸製鋼帝人などが挙げられます。

 

 

[切り口] 活力の源泉はお家さんに認められ、褒められること

鈴木商店のオモテの立役者は、いうまでもなく大番頭の金子直吉でした。しかし、彼の活躍は、創業者である鈴木岩次郎の妻であった鈴木よねのサポートがなければ、達成できないものでした。よねは、直吉が丁稚として奉公に上がったばかりのころから、商才を見抜いて励まし続けました。砂糖以外の商品を手掛けたり、輸入に固執しないで、輸出にも目を向けたりと、新たなビジネスを示唆したりしています。また、夫が亡くなり、廃業の危機に瀕した時には、金子直吉と柳田富士松の力量を信じて、事業の継続を決断したのも、よねの功績でした。その後も、女主人として陰に陽に事業全般に目配りをし続けたのです。全幅の信頼を寄せてくださったお家さんに認められ、褒められることこそが、金子のバイタリティの源泉だったのです。

 

[あらすじ] 鈴木商店のトータル・ヒストリーが楽しめます! 

明治10年の神戸の地、バツイチ女性のよねは、砂糖商の鈴木岩治郎に嫁ぎました。そこは間口三間の小さな昔ながらの商店でした。短気で、冒険を好まない岩次郎のもと、貿易商としての発展は、限られたものでしかありませんでした。ところが、明治27年、夫の死後も、周囲の予想に反し、彼女が店を続けることになってからは、金子や柳田の尽力があって大きく飛躍していきます。よねは、大番頭の直吉に全幅の信頼を寄せ、一方、直吉のほうは、献身的に働き、店に巨額の利益をもたらしました。そして、ついには売上高で三井、三菱を凌駕したのです。ところが、米騒動により神戸の本店が群衆に焼き討ちされ、さらには、第一次大戦後の不況による打撃や関東大震災の直撃を受けたあと、昭和2年の金融恐慌によって事業停止に追い込まれていきます。

 

[読みどころ] 鈴木商店の栄華盛衰から読み取れるものとは……

明治10年の結婚から始まり、昭和13年に死去するまでの鈴木よねの生涯を扱った本書には、「大河ドラマ」のような風格と内容が備わっています。私が読み終わったときに感じたのは、まるで人々の喜びや悲しみをすべて覆い尽くし、あるがままに、そして冷徹に進んでいく、時の流れというものでした。このような一節が登場します。「思えば、人生は、時間という狂言回しによって、あまりにも巧妙に流れ行く物語だ。出逢って、届かず、別れて、またふいにめぐりあう、そんなことの繰り返し。そのたび、心の熱をやみくもに放出したり落ち込んで冷え切ったり。そうやって時に重ねていく」(下、394頁)。鈴木商店の栄華盛衰の描写に、喜怒哀楽すべてを含みこんだ人生そのものを感じさせるのは、著者の力量あればこそといえるでしょう。

 

本日の一冊
お家さん(上) (新潮文庫)

お家さん(上) (新潮文庫)

 
お家さん(下) (新潮文庫)

お家さん(下) (新潮文庫)