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『下町ロケット ヤタガラス』 - 佃製作所のものづくりを支える「心意気」! 

「先端技術を扱った作品」の第三弾は、「自動運転トラクター」の開発を扱った池井戸潤下町ロケット ヤタガラス』(小学館、2018年)です。東京大田区にある町工場・佃製作所の社長である佃航平を主人公にした『下町ロケット』は、テレビで放映され、人気を博しました。いまでは、池井戸潤の代表作の一つになっています。『下町ロケット』シリーズの一作目はロケット、二作目は人工弁、三作目はトランスミッションがそれぞれのメインテーマでした。この本は四作目に当たります。2018年10月にスタートし、阿部寛さんや土屋太鳳さんが出演したTBS日曜劇場『下町ロケット』続編の原作となるのは、前半部分が三作目の『下町ロケット ゴースト』、後半部分が四作目となるこの本です。広い畑を一直線に耕し続ける自動運転トラクター=無人ラクターの姿がとても印象的なシーンとして、私の目に焼きついています。

 

[おもしろさ] 自動運転トラクターの将来性に切り込む

本書の特色は、自動運転トラクターの将来性に正面から切り込んだ最初の経済小説と言える点ではないでしょうか。「いま日本の農業は、かつてない勢いで高齢化が進み、深刻な労働力不足に喘いでいます。就農人口の実に七割近くが65歳以上の高齢者なんです。このまま十年もたてば、おそらくこの年齢層の人たちは体力的に離農せざるを得なくなるでしょう。新たな農業の担い手がいなければ日本の農業は廃れ、そればかりかノウハウまで失われることになってしまう」。そうした危機に瀕した日本農業にとって救世主になりえる先端技術のひとつが、この農業用自動運転トラクターなのです。しかし、そうした技術が実用化されるには、やはり複雑で多様な壁をクリアする必要があります。農機具を設計製造する技術や自動走行制御システムの技術はもちろんのこと、開発に携わる企業にとっての資金や部品の調達、ライバル企業との闘い、知的財産権侵害の可能性のチェックなど、リアルな障壁の数々が浮き彫りにされていきます。と同時に、そうした困難な仕事に取り組み、新境地を作り出していく人間たちの努力に焦点が当てられていきます。この本では、帝国重工の横暴・身勝手な要求・裏切りなどに何度も怒りをあらわにするものの、「日本農業を救いたい」という一心から良質の技術を追い求める佃製作所の佃航平社長や、自動走行制御用プログラムの開発者である北海道農業大学の野木博文教授をはじめとする多くの人たちによる、ワクワクさせられるような「下町の心意気」や英知の結集のあり方が示されています。

 

[あらすじ] 技術開発をめぐる企業間の複雑な対立と協調の構図

ヤタガラスという名称の準天頂衛星が7機打ち上げられたことによって、日本のGPSの精度が誤差数センチのレベルまで向上しました。それを受けて、帝国重工の財前道生は、PC上で無人の農機具を自動運転で操作するという「無人農業ロボット」の開発を考え出しました。そして、佃製作所がエンジンとトランスミッションを供給することに決まります。ところが、次期社長候補の的場俊一が、その企画を横取り。しかも帝国重工と佃製作所の関係もいったん白紙に戻されます。他方、的場に対する復讐心を募らせるダイダロス(エンジンメーカー)社長の重田登志行とギアゴースト(トランスミッションメーカー)社長の伊丹大は、資本提携を行い、「ダーウィン・プロジェクト」として無人ラクターの開発に名乗りを上げるのです。そのプロジェクトには、京浜地域にある下町の多くの中小企業が参加しています。両社の対立は、マスコミによって下町の中小企業が帝国重工という巨大企業に挑むという構図で印象づけられることになります。ダーウィン・プロジェクトは世間の圧倒的な支持を受けます。的場は、大失態に見舞われ、大きな打撃を受けることに。やがて、佃製作所を軸にした巻き返しが始まります……。

 

下町ロケット ヤタガラス

下町ロケット ヤタガラス

 
下町ロケット ゴースト

下町ロケット ゴースト

 
下町ロケット ガウディ計画 (小学館文庫)
 
下町ロケット (小学館文庫)

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