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『キリの理容室』 - いったいどんな髪型に? それは鏡を見てのお楽しみ! 

首都圏では、桜の花のシーズンがほぼ終わりを告げました。春が本格化してきました。心地よい風を感じる季節になると、髪の伸び具合が少し気になり、カットしてもらいたくなってくるのは、私だけでしょうか? 季節の変わり目、人生の節目、活動する場の移動、失恋など、自分を取り巻く環境が変化したとき、人は髪を切って、気分転換を図りたくなると言われています。一方、髪をカットすることで人の気分転換を促すことを仕事にしている人たちがいます。理容師や美容師です。そこで、「理容師と美容師を扱ったお仕事小説」を二回に分けて紹介します。

「理容師と美容師を扱ったお仕事小説」の一作目は、上野歩『キリの理容室』(講談社、2018年)です。理容師も美容師も同じく髪の毛を切ったり、整えたりする仕事という点では共通しています。では、違いはどこにあるのでしょうか? なかには、「理容室は男性」「美容院は女性」と区別する人がいるかもしれません。が、それは間違いです。両者は理容師法と美容師法によって区別されています。それらによりますと、理容とは「頭髪の刈り込み、顔剃り等の方法により容姿を整えること」であるのに対し、美容とは「容姿を美しくすること」になっています。いまでは、法律の改正によって、理容師と美容師両方の免許を持ったスタッフのみが働ける理美容所の開設が可能になっているようです。この本でも、理容室と美容院の垣根を超えた「女性も通える理容室を開く」ことを夢見る女性理容師キリが登場します。

 

[おもしろさ] 理容は衰退産業なのか? 

理容は、衰退産業だと言われています。「美容師の国家試験の合格者は全国で年間2万人弱いるのに対し、理容師国家試験の合格者数は1500人前後」でしかありません。しかも、たいていは家業の理容店を継ぐことを目的にしています。理容室のほとんどが旧態依然の経営方針で、もっと多くのお客を呼び込もうという工夫に欠けています。職人だというプライドが強すぎて、お客に対して話しやすい雰囲気を作り出せていないのです。もしそうした現状がこれからも続くようであれば、「理容という産業は衰退の一途をたどる」ことになるかもしれません。では、どのように対応していけばよいのでしょうか? 理容室の活性化をめざして邁進する主人公の神野(かみの)キリ20歳の姿を通して、その可能性が浮き彫りにされていきます。そして、理容師という仕事の神髄に触れることができる作品です。

 

[あらすじ] 理容室活性化をめざすキリはジグザグの道を! 

キリの夢は、「理容師になって女性も通える理容室を開くこと」でした。理容専門学校では、特に自分の肘にレザーを当てて顔を剃る練習にいそしみました。しかも、利き腕の右手だけではなく、左手も使うという独自のスタイルを確立させたのです。理容師になりたかった理由は、理容師の母親・巻子を見返すためでした。巻子は、キリが小学4年生のとき、自分と、17歳上の父親(内装工事会社に勤務)の誠を捨てて、美容院を経営する雨宮七郎という男のもとに出て行きました。専門学校を卒業した後、ベテラン理容師の広瀬千恵子の経営する店で働くことに。「お世話さん」と、さっぱりした表情で言ってくれる客。「それは、まぎれもなく、仕事を終えた、いや客に喜んでもらえたという充実感」の証でした。しかし、県の理容団体が主催するコンテストに出場するものの、参加者47名中46位の惨敗でした。その結果を重く受け止めたキリは、心機一転。ほかの理容室を訪れ、いろいろ学んでいきます。キリの飽くなき挑戦が始まったのです。

 

キリの理容室

キリの理容室