「旅行・観光を扱った作品」の第三弾は、東京駅をモデルに鉄道・駅で働く人を描いたお仕事小説である朱野帰子『駅物語』(講談社、2013年)。実にたくさんの人々が行きかう巨大なターミナル駅には、無数の物語があるのです。
[おもしろさ] 駅員をはけ口の対象とみなす輩とトラブルの数々
日本有数のターミナル駅である東京駅。プラットホームの数は、新幹線、在来線、地下鉄を合わせて30線。一日の発着本数約4000超、乗り換え客を含めた乗降客は約150万人、常勤の駅員は全体で900人以上と言われています。これだけ巨大な駅だと、酔っ払いによる迷惑・暴力・いやがらせ行為、器物の損壊、キセル(無賃乗車)、忘れ物、線路への落下物、熱中症などによる要救護者の続出、運休や遅延など、ありとあらゆるトラブルが噴出します。なかには、「会社では従順、家庭ではいい父親、それが駅では犯罪者すれすれ」といった、駅員をはけ口の対象とみなす輩が引き起こすトラブルも多いのです。本書の特色は、東京駅で起こるトラブルの数々が具体的にどのような状況の下で起こり、どのような顛末になるのかをはじめ、駅員の職務、定時発車に向けての関係者の懸命の努力、「撮り鉄・鉄オタ」の実態などがリアルに満載されている点です。
[あらすじ] 「鉄道スピリット」を有したヒロインの「駅物語」
東京駅に配属された新人の若菜直は、「鉄道スピリット」を有した正義感の強い女性。東京駅の駅員になるのは、「子どものころからの夢」。「この駅を利用するお客様に幸せな奇跡を起こすことができる、そんな駅員をめざしてがんばります」というのが、入社の動機でした。ホーム監視などの職務に携わる彼女に上司が注意します。「緊急時は非常停止ボタン、間に合わなければ走れ。線路に落ちたら避難スペースに入れ」と。駅員の仕事とは、「定刻通りに列車を発車させ、一分の遅れもなく目的地に送り届ける。この駅を利用する人々を毎日何事もなく送り出す」ことなのです。また、同期入社の犬塚俊則は「隠れ鉄道マニア」。駅員にも、それぞれの物語があるようですね。