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『車夫』 - 人力車の魅力が120%描かれています

「旅行・観光を扱った作品」の第五弾は、浅草を舞台に、人力車をひく人とそれに乗る人とのほのぼのとした心の交流を描いた、いとうみく『車夫』(2015年)です。観光地ではよく見かける人力車。とりわけ、浅草の人力車の数は、半端ではありません。雷門のすぐ脇の道路には、タクシーの待合レーンさながらの人力車レーンがあるほど。人力車は、浅草という「テーマパーク」とマッチした「アトラクション」のような存在でもあるからです。本書の刊行後、『車夫2』と『車夫3』が出版されています。

 

[おもしろさ] 座っているのに、まるで走っているような感覚

「懐古趣味の年寄りや外国人の受けを狙った観光乗り物」と思っている人が多いかもしれませんが、人力車は、ほかの乗り物とはまったく異なる、まさに異次元の乗り物なのです。バイクとも自転車とも違い、「座っているはずなのに、まるで走っているような感覚」なのです。そして、実際に乗ってみると、実に気持ちがよい乗り物なのです。車夫の「話すテンポは、人力車の速度にぴったりと寄り添っている。耳元でうなる風の音も、かすかな足音も、キシキシきしむと音も、独特の風情になって話を引き立てている」。本書のユニークさは、人力車の魅力を120%描き出した、数少ない著作であることです。

 

[あらすじ] 「走るという好きなこと」が自分の仕事に変わるとき

吉瀬走が高校2年のときでした。事業に失敗した父親が失踪し、それから1ケ月半後には、母親が出奔したことで、中退を余儀なくされます。途方に暮れる走に救いの手を差し伸べたのは、力車屋で働いていた前平俊平でした。彼は、走と同じ高校の陸上部OBで、5つ年上。その前川の斡旋で、17歳の吉瀬は、同じ力車屋の車夫になります。親方の神谷力と女将の神谷琳子を軸にした、力車屋の仲間たちの温かい人間関係のもと、走は、人力車のひき方と力のバランスを習得し、さらには浅草・スカイツリー周辺の街中の道路を頭に入れ、自分の居場所と自分にマッチした仕事を見つけていきます。

 

車夫 (Sunnyside Books)

車夫 (Sunnyside Books)

 
車夫2 (Sunnyside Books)

車夫2 (Sunnyside Books)

 
車夫3: 雨晴れ (3) (Sunnyside Books)

車夫3: 雨晴れ (3) (Sunnyside Books)