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『俳優・亀岡拓次』 - 端役という名の名優

8月末とはいえ、まだまだ暑い日が続いています。でも、たとえ厳しい暑さのなかでも、非日常的な世界をつくりだし、多くの人々に楽しいひとときを演出してくれる人たち。そうした人たちを最も身近に感じられる仕事に、俳優業があります。そこで今回は、「俳優」という言葉を少し広めに解釈し、映画・ドラマ、宝塚歌劇、バレエ、アニメなどで活躍する人たちを四回にわたって紹介します。

「俳優を扱った作品」の第一弾は、戌井昭人『俳優・亀岡拓次』(文春文庫、2015年)です。貧乏くさい風貌と演技が妙にリアルな雰囲気を醸し出している等身大の端役役者が描かれています。腹を抱えて笑ってしまう読者が続出するのではないでしょうか。2015年に公開された横浜聡子監督、安田顕主演の映画『俳優・亀岡拓次』の原作でもあります。

 

[おもしろさ] ごく自然体の演技がなぜか「もの凄いシーン」に

俳優の亀岡拓次は37歳。テレビドラマにはたまにしか出ず、ほとんどが映画、しかも端役としての出演なので、世間の認知度はそれほど高くはありません。が、監督やプロデューサーは、彼を重宝がり、仕事が絶える間がないほどです。それでいて、大きな役を射止めたいという野望はなし。独身、恋人なし、貯金なし、趣味はオートバイでのツーリング。夜に居酒屋やスナックに繰り出し、酒を飲むのがほぼ唯一の楽しみというのが、亀岡のプロフィール。この本のおもしろさは、亀岡自身の「愛すべき自然体の魅力」をビビッド、かつコミカルに描写している点にあります。役作りに対しては「ほどほどにいい加減なあり様」で接しているにもかかわらず、「もの凄いシーン」となってカメラに収められてしまうという様子の描写は、見事というしかありません。

 

[あらすじ] ホンワカな気分にさせられるエピソード満載! 

物語は、そんな亀岡の長野、和歌山、東京、モロッコ、山梨、山形、サンフランシスコにおけるエピソードを綴るという形で展開されていきます。偶然訪れた居酒屋での「女将」とのコミカルなやり取り、極道映画で一世を風靡した、日本を代表する名優とすっかり意気投合するという話、ハイウッド映画に出たとき、台本も渡されず、役柄も皆目わからず、ただモロッコの砂漠に来いと、航空券だけが送られ、現地につくと、指示されたのは、「向こうの方でラクダを引いて、歩いてください」というだけだったという話、二日酔いが原因で、ゲロを吐いたにもかかわらず、迫真の演技だと周りに感心されるという話など、不思議とホンワカな気分にさせられます。たとえハチャメチャな現場であっても、けっしてストレスをためることなく仕事ができるのは、現場というのは常に理不尽なところであるという考えのもと仕事をしているからのようなのです。

 

俳優・亀岡拓次 (文春文庫)

俳優・亀岡拓次 (文春文庫)