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『バラ色の未来』 - IRの効果を総合的、かつ冷静に考えてみよう

9月4日、国土交通省は、カジノを含む「統合型リゾート(IR)」整備についての基本方針案を公表しました。IRに関しては、8月22日に、横浜市がその誘致を発表。ほかにも、大阪府・市、和歌山県長崎県などもIR誘致の申請を検討しています。政府の方針によれば、認定するのは最大3ケ所、2020年代前半の開業が想定されています。今後、IR実現に向け、政府レベルでの準備が本格化するなか、誘致合戦が激しくなるでしょう。反面、ギャンブル依存症などへの懸念から、反対する動きもまた活発化することが予想されています。そのなかで求められているのは、総合的、かつ冷静な議論と言うことができます。そこで、今回は「カジノを扱った作品」を2つ紹介することといたしました。

「カジノを扱った作品」の第一弾は、真山仁『バラ色の未来』(光文社、2017年)。「カジノには人間の欲望のたがを外す仕掛けが巧妙に用意されている」という指摘通り、カジノの魅力・魔力・興奮・快感・恐ろしさを浮き彫りにした作品です。また、未来はバラ色と勝手に決め込んで欲望に身を任せることの危険性に対する「警鐘の書」にもなっています。

 

[おもしろさ] なぜIRが注目されるのか? 

なぜ、「統合型リゾート(IR)」がこのように注目されるのでしょうか? それは、政府が2020年の東京オリンピック終了後に観光業を促進するための柱のひとつとして位置づけようとしているからです。IRには、カジノのほかに、国際会議場、展示場、ホテル、商業施設、スポーツ施設などが含まれます。多くの観光客の誘致、財政収入の増加、雇用の促進などが期待されているわけです。しかし、それが開業し、また開業後も円滑に運営されていくためには、政府・誘致をめざす自治体・広告代理店・IR事業者といった四者間における綿密な連携やギャンブル依存症対策をはじめとする、さまざまな条件整備が不可欠となります。この本のおもしろさは、カジノを含むIRがどのような紆余曲折のプロセスを経て開業にまでこぎつけるのか、どのように運営されるのかをエンタメ精神満載で描き出している点です。

 

[あらすじ] IRがうまく機能すれば、日本は再び復活する! 

本書では、主人公が特定されていません。何人かの登場人物がそれぞれの立場で役回りを演じ、全体として一つの物語を構成しています。一人目は青森県・元円山市長の「鈴木一郎」。後の総理・松田勉が掲げる地方創生の指南役として重宝がられた彼は、カジノを中核としたIRを日本で最初に青森に誘致するために奔走します。しかし、決定的と言われたにもかかわらず、土壇場で松田総理のおひざ元である山口県関門市に誘致されることになります。総理に裏切られた彼は、ホームレスに転落したあと、死んでしまうことに。二人目は、東西新聞社の編集局次長兼記者研修センター長の「結城洋子」。彼女は、鈴木の死の真相を探るべく、取材を本格化させます。三人目は、マカオ資本最大のカジノリゾート運営会社ADEの会長であり、鈴木の友人でもあった「エリザベス・チャン」。「カジノはギャンブルではなく、エンターテインメント」というのが、彼女の弁。総理の妻をカジノ狂いに仕立て上げ、IR誘致の主導権を握ろうとします。山口県における日本初のIR「かぐやリゾート」の運営権を獲得したことに加えて、二番目のIRを東京・銀座に開業させることに闘志を燃やします。ところが、総理が、東京でのIR事業者をラスベガスのニーケにしようと考えたことで、チャンの松田総理に対する復讐劇が始まることに。四人目は、総理大臣の松田勉。地方再生、成長産業の創出、国際国家としての日本復権をめざしていた彼は、鈴木との交流のなかでIRの可能性に興味を示すようになり、カジノの開業にコミットしていきます。

 

バラ色の未来 (光文社文庫)

バラ色の未来 (光文社文庫)