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『星をつける女』 - 格付け判定をするには、これほどまでの労苦が

「料理を扱った作品」の第三弾は、原宏一『星をつける女』(角川文庫、2019年)。世界的な「食のガイドブック」の元格付け人で、シングルマザーの牧村紗英は、飲食店の格付け事務所を立ち上げます。けっして手を抜かずに仕事をやり遂げる優秀な格付け人・紗英の姿が描かれています。彼女は、どのようにして判定を下していくのでしょうか? 

 

[おもしろさ] 飲食店の「オモテの顔」と「ウラの顔」

紗英の仕事は、人気店の覆面調査を行い、格付けを行うこと。それは、料理好きの主婦がバイト感覚で行うような覆面調査員とはまったく別物です。彼女の顧客は、飲食ビジネスに投資したり、買収したりすることを業務にしている個人投資家機関投資家たちだからです。彼らから個別に仕事を依頼され、調査対象のメニューや味、品質はもちろん、サービス、店舗オペレーション、経営倫理に至るまで包括的に調べ上げ、星をつけるのです。この本の魅力としては、けっして手を抜かずに仕事をやり遂げる「優秀な格付け人」としての仕事のやり方を具体的に描き出した点を挙げることができます。また、人気のある料理店にありがちな「オモテの顔」とは異なった「ウラの顔」が見え隠れするという「現実」が描写されている点も物語をおもしろくさせています。

 

[あらすじ] 格付け人・シェフ・経営者:それぞれの思惑と真価

最初に対象となったのは、元麻布の高級フレンチ「メゾン・ド・カミキ」。オーナーシェフの神木直樹は、ほかにも三つの系列店を経営しているやり手の料理人です。マスコミへの露出も多く、料理番組へのゲスト出演、新聞雑誌の取材、料理フェアや料理教室の特別講師など、多彩な活動を展開しています。4年間パリで修業をした経験を持つ五十嵐智也は、同店のスーシェフ、つまりシェフに次ぐ二番手の料理人に抜擢されたばかり。戸惑いの毎日を過ごしています。ある日、紗英は、相棒もある真山幸太郎を伴って訪れます。そして、なにか釈然としないものを感じ取ることに。一方、智也の方も、三度目に来店した紗英の一言を契機に、産地偽装というとんでもない秘密に気づくことになります。そんな智也に対して、新店舗の店長兼シェフのポストを与えるので、「清濁併せ呑むことができる経営者意識を持った料理人になってほしい」と諭す神木。そんな神木の目の前で、紗英は、「メゾン・ド・カミキ」の「ウラの顔」を暴露していきます。ほかにも、池袋の行列のできるラーメン店のブラック企業化、白浜の料理旅館におけるお家騒動などが描かれています。

 

星をつける女 (角川文庫)

星をつける女 (角川文庫)