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『甘い罠 小説糖質制限食』 - 糖質が過剰に摂取される食生活に喝を入れる! 

「料理を扱った作品」の第四弾は、鏑木蓮『甘い罠 小説糖質制限食』(東洋経済新報社、2013年)。糖質制限食や化学調味料への過度の依存という切り口で、日本人が直面している食生活や味覚の危機と真正面に向き合った作品になっています。

 

[おもしろさ] 人類史の視点で現代人の食生活を位置づけると

黎明期の人類の食糧といえば、動物の肉や骨髄、魚貝類、昆虫、キノコ、海藻類など。糖質をほとんど摂らない、生存ぎりぎりしか保証しない食生活でした。ところが、農耕が定着し、安価で栄養価の高い米や小麦などの炭水化物をたくさん食べるようになると、飢餓のリスクが改善される反面、今度は、糖を過剰に摂取するという傾向が生まれました。そうした流れは、いまではピークに達しています。「おいしいものを毎日食べたいという欲望」が強くなりますと、糖尿病に象徴されるように、「健康を損ねてしまうという現実」が生み出されるようになったのです。この本のユニークな点は、糖質が過剰となっている昨今の食生活のあり方に警鐘を鳴らしていることです。甘味には、なによりもおいしいと感じさせる力が含まれているので、どうしても甘いものを求めたくなること、コスト削減のための化学調味料や過剰な塩分・糖分の使用に伴って、食材が持っている本来の味が損なわれていることや、料理に調味料を使いすぎることで、微妙な味覚を感じない舌になってしまう危険があることなど、日本が直面する食生活・味覚の危機にも言及していることです。

 

[あらすじ] 和食レストランの理想像を求める二つの方向性

料理研究家の水谷有明は、大型スーパーマーケットを運営するオゾングループが全国展開する和食レストランのメニューの監修という自らを大いにキャリアアップできる場を獲得しました。オゾングループの社長・城田洋は、安全でおいしい農作物の生産に取り組んでいるヤル気のある農家や、農業に誇りを持っている若者をバックアップ。農産物を生産するだけではなく、さらには加工して販売まで行うという「六次産業化」を推進することによる地方の再生、地産池消のビジネスモデルを構築することをめざしています。そして、その方向性の延長線上にレストランのメニューも位置づけたいと考えています。他方、有明の方は、糖尿病を患った父親が穀物、炭水化物、砂糖を極力とらない糖質制限食を始め、大きな効果を上げたことから、糖分過多で糖尿病患者とその予備軍を増やしているという現実を直視されられることに。そこで、「糖質制限食を食べさせるレストラン」にしたいと、城田に提案します。ところが、それは、お米や日本酒を中心とする日本の伝統や文化を否定することにつながっていくことになります。そのため、有明と城田がそれぞれに描いたメニューのあり方に、大きな亀裂が入ってしまいます。

 

甘い罠 (講談社文庫)

甘い罠 (講談社文庫)