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『食堂かたつむり』 - 「食べられるもの」に対する「感謝」を込めた料理

「料理を扱った作品」の第五弾は、小川糸『食堂かたつむり』(ポプラ文庫、2010年)。10年間の都会での生活から山あいのふるさとに舞い戻った倫子がオープンさせた食堂の名は「かたつむり」。「食べられるもの」に対する「感謝」の念が込められた料理が提供されるのです。2010年2月に公開された映画『食堂かたつむり』(監督富永まい)の原作です。柴咲コウさんが倫子を演じられました。

 

[おもしろさ] 食材の命は、継承され、慈しまれていきます

食堂・レストランを経営する人はもちろんのこと、料理をする人にとって、もっとも大切なことはなんでしょうか? それは、「食べられていくもの」に対する「感謝の念」ではないでしょうか。食べられた食材は、人間の体の中に入り、なかからその人を元気づけてくれます。その命は継承され、慈しまれていきます! この本は、そうした食の基本をわれわれに示唆してくれます。

 

[あらすじ] メニューがなく、お客様は一日ひと組

同棲していたインド人の恋人に家財道具、台所用品、お金、3年間の思い出など、すべてを持ち去られ、声まで失ってしまった倫子。15歳の春に家を出て以来、10年間に一度も足をふみいれることのなかった山あいのふるさとに舞い戻った彼女は、プロの料理人になりたいという夢を実現するため、母から物置小屋を借り、「かたつむり」という名前の小さな食堂を始めることに。決まったメニューがなく、お客様は一日ひと組という風変わりな食堂。前日までにお客様と面接もしくはファックスやメールでやり取りをし、食べたいものとか、予算などを細かく調査したうえで、当日のメニューを考える倫子。食材たちに語り掛けると、どう調理するのが一番ふさわしいのかを語りかけてくれるのです。食事は夕方6時からスタートし、ゆっくりと時間を空けて味わってもらう。だれかのために、だれかに喜んでもらうために、料理をすることを幸せに感じています。やがて、「食堂かたつむりの料理を食べると恋や願い事が叶うというまことしやかなうわさ」が、少しずつ、村や近くの町で暮らす人たちに伝わっていくこととなります。

 

([お]5-1)食堂かたつむり (ポプラ文庫)

([お]5-1)食堂かたつむり (ポプラ文庫)