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『ギャラリスト』 - 画商の使命は「芸術家の人生を創っていくことなり」

「絵画を扱った作品」の第四弾は、里見蘭『ギャラリスト』(中央公論新社、2015年)。日本の美術界の状況や画商の神髄を浮き彫りにした作品です。本書が刊行された頃の日本における純資産百万ドル以上の富裕層の人口は、アメリカに次いで世界第二位。しかし、日本の美術市場は1000~2000億円でしかありません。要するに、日本人は絵を買わないのです。絵画は、あくまでも美術館で見る。買うものではない。そういう意識がライフスタイルのなかで定着しているからです。そうした美術市場の狭さは、未開拓であるが故のポテンシャルの大きさを意味するとも言えるわけですが、市場の拡大に向けての活力は極めて乏しいのです。それは、日本の美術界がいまだ旧態依然の慣行を打破できない前近代的な体質によって特徴づけられているからでもあるのです。

 

[おもしろさ] 「世界の常識」から隔絶した日本の美術界と美術市場

この本のおもしろさは、「作品を創る芸術家の人生を創っていく」という画商の使命や画廊を運営していくことのむずかしさを描いていること。そして、グローバル化の波が押し寄せているにもかかわらず、ぬるま湯に浸りきり、現状維持に満足している美術界に対する警鐘の書になっていることにあります。プライベートジェット、パーティー用のクルーザー、使い切れないほどのマネーを有した「世界の超富裕層」(グローバル・スーパーリッチ)にとって、高価な芸術作品を買うことは、ラグジュアリーブランドを着たり、子どもをスイスの全寮制寄宿学校やイギリスのパブリックスクールに通わせたりすることと同じで、生活の質を高めるための要素のひとつに過ぎないのです。彼らにとって、アートワールドは、カンヌ映画祭ヴェネツィアビエンナーレといった国際展覧会などと一緒で、社交の場なのです。一方、日本の美術市場は極めて狭く、市場を支配するのは70-80歳代の、考えが古い老人たちです。会員である画商の利益を守るため、競争もほどほどでしかありません。市場を活性化するためのビジョンも欠如しています。その結果、アジアにおけるマーケットの中心は、すでに中国を軸とする東アジア圏に移っているのです。

 

[あらすじ] ファンドマネージャー江波志帆の「真の狙い」とは? 

日本画の巨匠・門馬岳雲の作品が、世界最大のオークション会社であるクリスティーズのオークションで、相場の三分の一以下という安値で売り出されたところから、物語が始まります。門馬は、無名だったころに、画商の片瀬幸蔵(のちの「泰鵬堂」会長)が目を付け、プロデュースし、最高の出世街道を歩ませた画家でした。その彼が低い評価を受けることは、日本の美術市場を暴落させる危険性を孕むものにほかなりません。幸蔵は、息子の片瀬真治(片瀬画廊の社長)とともに、それを避けるべく、門馬作品の買い支えを決行。ところが、安値での売り出しは、「オメガアートファンド」のファンドマネージャーである江波志帆によって仕掛けられたものでした。彼女にとっては、門馬の絵の相場を暴落させること、イコール日本の美術業界・画壇をぶっ潰すための布石、業界の膿を出す契機だったのです。その後も、彼女は、秘められた過去の怨念を胸に、カネに任せて有望な画家を引き抜き、経営が芳しくない画廊を支配下に置いていきます。やがて、地道に画家を育て、世界に羽ばたかせようと努力し、新機軸の画廊を構築したいと考えている真治と対峙することに。真治と志帆の対立は、次第に泥沼化の様相を呈していきます。

 

ギャラリスト

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