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『北海タイムス物語』 - 毎日決まった時間に読者に届ける-新聞人の誇り

朝起きて、真っ先にやること。それはその日の新聞に目を通すことです。いつも感心されられるのは、自宅で居ながらにして膨大な量の情報を得られること、そしてそれを可能にしている新聞づくりの仕組み・システムです。そうしたサービスを提供してくれる新聞社は、歴史的にも大きな役割を果たしてきました。しかし、現在、インターネットの普及に伴い、日本に固有な宅配制度を含めて、新聞・新聞社のあり方が大きな岐路に立たされています。そこで、今回は、「新聞を扱った作品」を四つ紹介していきます。

「新聞を扱った作品」の第一弾は、増田俊也北海タイムス物語』(新潮社、2017年)。北海道の老舗新聞社「北海タイムス」(創刊:1887年、廃刊:1998年)をモデルにして、整理部に配属された新入社員の成長物語が描かれています。新聞づくりの仕組みや新聞社の全体像、地方新聞社の内実が鳥瞰できる作品でもあります。また、取材記者が持ってきた食材をうまく料理して読者に届ける、まるでコックのような整理部の仕事の醍醐味にも触れられています。

 

[おもしろさ] 仕事上の自信が生まれるのは、このようなときだけ

新聞社の仕事というと、どうしても取材に奔走する記者を真っ先に思い浮かべてしまいがち。しかし、記者職だけが、新聞人の業務を代弁しているわけではありません。①非常に限られた時間内に記者の原稿を素材に、小見出しをつけ、レイアウトを決めるといった、雑誌でいえば編集部の役割を果たす「整理部」、②校正を担当する「校閲部」、③「新聞社の心臓部」である輪転機(三階建ての建物にも匹敵するほどの大きさを有することもある)を回して新聞を刷る「印刷局」、④あちこちに頭を下げて広告を取ってくる「広告局」、⑤販売店の人たちと一緒に新聞を売る「販売局」など、それぞれの部署で働いている人すべてが、それぞれの役割を認識し、仕事に励んでいるからです。本書のユニークさは、そうした新聞社の全体像をよく踏まえたうえで、整理部員の業務内容と誇りを浮き彫りにしている点なのです。

 

[あらすじ] やる気ゼロの新米社員だったのが、なぜ

なかなか決心ができず、どちらかというと、逃げてばかりの生活をしてきた野々村巡洋。1990年、彼は、受けた14の新聞社のなかで唯一採用された北海道の名門紙・北海タイムスに入社。しかし、「年収200万円以下」という同業他社の六分の一でしかない低賃金、超がつく長時間労働、記者志望であるにもかかわらず、配属されたのは整理部という極めて地味な部署であったこと、個性が強すぎる面々にどのように接すればよいのかがわからない毎日、いじめとしか思えない上司の言動、毎日が野戦病院にでもいるようなスピード感が要求されることなど、彼にとって明るい材料はまったくなし。やめようかと迷う、つらい毎日の連続。ただ、全国紙、ブロック紙あるいは通信社の試験を受け直し一年で転職するという思いで、なんとか踏みとどまっていました。そんな彼が整理部という仕事のおもしろさに目覚めていくのですから、人生には不思議なところがありますね。

 

北海タイムス物語

北海タイムス物語