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『虚空の冠』 - メディアの覇権をめぐる過去・現在・未来

「新聞を扱った作品」の第三弾は、楡周平『虚空の冠』(上下巻、新潮社、2011年)。終戦後、新聞記者としてキャリアをスタートさせた渋沢大将という男が、新聞、ラジオ、テレビといった昭和のメディアをすべて手に入れたあと、人生最後のチャレンジとして、電子出版をも視野に入れた全メディアの掌握をめざして激しい戦いを展開。新聞社の将来のあり方にも言及しています。

 

[おもしろさ] メディアの独裁者VS新興のIT業界の風雲児

本書の魅力は、二つの点に集約されます。一つ目は、新聞、ラジオ・テレビといった戦後のメディアの覇権争いを長いタイムスパンで描きだしている点。二つ目は、電子出版をも視野に入れ、現在から未来への可能性を手繰り寄せることができる覇権争いのあり方を描いている点。軸となるのは、プラットフォームの立ち上げ→スタンダードの構築→端末の無料配布→通信と配信で利益を上げるという考え方。しかし、そのとき、第一に活用されるコンテンツをどこが提供するのか、端的に言って、新聞社が起死回生の一方策として行うのか、それともIT企業が主導するのか、第二にプラットフォームの提供者とコンテンツの提供者の間で利益をどのように配分するのかという根本的な課題が浮上するのです。つまるところ、覇権争いの根源は、それらの二点をめぐるバトルということになるのです。

 

[あらすじ] 一介の新聞記者がいかにしてメディア王になったのか? 

敗戦後、極東日報社の新聞記者になった海軍上がりの渋沢大将は、取材の途中に海難「事故」に見舞われます。「事故」の真相は、アメリカの軍艦が日本の民間船を沈めたというもの。沈没する前にその事実を伝書鳩に託して、本社に伝えるものの、その事実は公表されませんでした。九死に一生を得た大将は、事実を封印する代償として、優先的に特ダネを提供してもらうことに。その結果、「スター記者」としてエリート街道を突き進んでいけたのです。ラジオやテレビといった新しい報道媒体が出現するなかで、大将の運命も大きく変化。子会社の極東ニュース社外国番組購買担当役員への左遷を経て、関東テレビの副社長に昇進し、さらには極東日報の社長になるのです。経営の立て直しに成功した彼は、電波と紙という二つのメディアを包摂する関東グループのトップに就任。そして、30年後、大将は、最強無比のメディア王=極東日報の会長として君臨します。そんな彼に戦いを挑んだのは、日本第三位の通信事業会社グローバル・テレコム社の新原亮輔でした。電子書籍のビジネスモデルの構築に燃える若きIT企業の戦士です。両者の戦いのなかには、電子出版をめぐる新聞社とIT企業との激しい闘争の現実味が凝縮されています。

 

虚空の冠〈上〉―覇者たちの電子書籍戦争 (新潮文庫)

虚空の冠〈上〉―覇者たちの電子書籍戦争 (新潮文庫)

 
虚空の冠(下)―覇者たちの電子書籍戦争―(新潮文庫)