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『紙の城』 - 買収を企てるIT企業と阻止しようとする新聞社とのバトル

「新聞を扱った作品」の第四弾は、本城雅人『紙の城』(講談社、2016年)。新聞社を買収しようとするIT企業と、それを阻止しようとする新聞社の戦いが描かれています。と同時に、新聞業界の問題点と改革の方向性についても興味深い論点が提示されています。

 

[おもしろさ] いまの新聞社が抱える数々の課題が浮き彫りに

紙とペンの時代が終わろうとしているのでしょうか? 新聞社の多くが将来を見通せない時代に突入しているのは確かなようです。では、どういった改革や未来像があり得るのでしょうか? 本書の特色は、「もし新聞社がIT企業に買収されたら、こういうことが起こるかもしれない」という可能性を読者に突き付けた点です。提起された次のようなポイントがすべて正しいというわけではありません。実効性に乏しいものも含まれています。それでも、新聞のこれからを考える場合、重要なポイントになるように思われます。紹介しておきましょう。①必ずしも特派員に依存しなくても、海外のメディアと連携し、ネットワークを世界に広げることで、幅広いニュースを掲載することができないのか。②記者クラブの制約から脱却し、「自由に質問し、自由に取材できる新聞社」をめざすことは可能か。③新聞には権力を見張る役目があるが、見張る対象はひとつの国に限らなくてもいいはず。世界規模で見張り役を担っていくのはどうか。④新聞協会から脱退し、軽減税率も要らないという考え方。⑤新聞社のほとんどは、記者出身者が会長や社長になっているが、果たして優秀な記者はイコール優秀な経営者なのか。⑥「世界で通用する新聞社を誕生させたい」という目標は達成可能なのか。⑦タブレットを無料で配布し、紙面と同じ内容をデジタル配信して読ませることができないのか。⑧購読料はゼロにして、利益はすべて広告収入で補うことが可能なのか。

 

[あらすじ] 「ちょっと意外と思われるやり方」で対抗します

昨今の新聞記事は、速報性でネットに先を越されています。東洋新聞も、この十年で購読者数が三割も減少。数日前から世間が注目しているのは、アーバンテレビ株の15.6%をインアクティヴというIT企業が買い占めたというニュース。アーバンテレビは、東洋新聞株の31%を持つ実質的な親会社です。一方のインアクティヴは、45歳になる轟木太一が19歳で興したゲーム会社が礎となった会社。この十年間に、ポータルサイトを開設し、動画サイト、結婚・就職情報サイトなどを買収し、事業を拡大してきました。そしていま、彼の妻であり副会長でもある轟木沙緒菜(「造船の山内」と称された山内英心の孫娘)は、山内がかつて夢見た新聞社の経営を、沙緒菜が部下の権藤正隆(東洋新聞の元記者)のアドバイスを受けて実現しようとしているわけです。この買い占め騒動は、アーバンが持っている株全部をインアクティヴに売却するという方向に傾いていきます。これが実現すると、東洋新聞は、インアクティヴの完全な支配下に置かれることに。しかし、商法の中に「新聞社は、新聞事業と関係のない企業からの買収を拒否できる」という規定があり、東洋新聞の取締役会が買収を受け入れないと決めれば、買収が阻止できるのです。「金儲けの」の手段にしようというインアクティヴの考えに対し、「新聞は公共財」「社会に対する使命感」という認識を有した東洋新聞の社内では大きな反発が生じます。記事はウェブが中心となり、雇用が削減され、宅配制度が崩壊し、小規模な販売店は閉鎖されることが確実。そこで、パソコン音痴とはいえ、記者魂の塊のような人物で、人望もある、社会部デスクの安芸稔彦が徹底抗戦を決意します。それは、正統的な対応策と言えるものの、「ちょっと意外とも思えるやり方」だったのです。

 

紙の城

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