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『終わった人』 - 会社人生を全うしたとは感じていない男の「定年」とは? 

「定年を扱った作品」の第二弾は、内館牧子終わった人』(講談社文庫、2018年)です。大手銀行で出世コースを歩むものの、子会社に出向・転籍され、達成感を得られぬまま定年退職を余儀なくされた男の葛藤が描写。舘ひろしさんと黒木瞳さんが出演し、2018年6月に公開された中田秀夫監督の『終わった人』の原作本。

 

[おもしろさ] 「会社人生の終わり」としての「定年」を感じる瞬間

働いている間は、退職したら、どこどこへ行ってみたい。これとあれに挑戦してみたい。思う存分ゆっくり休みたいなど、多忙ゆえにできなかったことをやりたいと思うのが常。ところが、実際退職してみると、暇を持て余してしまうようです。会社人生を全うしたとは感じていない本書の主人公。一番やりたいことは、やはり仕事。「終わった」と感じていなかったのです。「会社人生に思い残すことがない」という感覚を獲得できるためには、大きな試練と犠牲が必要だったのです。この本のユニークさは、「生きるための目標と居場所探しにあがき続ける定年退職者の苦悩」と「会社人生の終わりとしての『定年』を感じることができる瞬間」を描き切った点にあります。

 

[あらすじ] 生きるための目標と居場所探しにあがき続ける壮介

主人公の田代壮介は、49歳の時に大手銀行の出世コースから外れ、社員30人の子会社に出向、2年後に転籍され、63歳で定年を迎えます。仕事一筋だった彼は、自由な時間を持て余し、途方に暮れることに。たっぷり時間があるので、妻の千草と一緒に過ごそうと思っていたのが、美容院で働いている彼女には、あまり自由な時間がありません。「それにしても、本当にやることがない。本当にない」。目標と居場所を探し求めてあがき続ける壮介。スポーツジム、ハローワーク、カルチャーセンターなどにも行ってみます。やがて、サラリーマンとしては、まだ「成仏」していないと感じた田代は、妻の反対を押し切り、再び実業界へ舞い戻ります。

 

終わった人 (講談社文庫)

終わった人 (講談社文庫)