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『円満退社』 - 定年退職を迎える日に生じた人生最悪のピンチ

「定年を扱った作品」の第四弾は、江上剛円満退社』(幻冬舎文庫、2007年)。円満に退社できれば、退職金をもらって、あとは自由な生活が待っている。そんな夢を描きながら、「最後の勤務日」を迎える銀行支店長。ところが、数々の不祥事が次から次へと起こってしまいます。退職に向けての最後の日の出来事が刻一刻と、しかもコミカルなタッチで描かれています。

 

[おもしろさ] 定年を契機にリセットしたい! 

会社に勤める者にとって、退職を前にした「最後の勤務日」はまさに特別な一日。この日を無事に乗り切れば、退職金を手に、第二の人生に歩み出していけるのです。だから、その日は、なんらかの不祥事やミスが生じ、それまでの苦労を水泡に帰してしまうような事態が起こることにきわめて過敏になってしまいます。この本のユニークな点は、そうした「最後の勤務日」を迎える支店長の岩沢千秋の心中に寄り添いながら描いていること。また、「退職金で、リコという32歳の若い女と人生をやり直す」と思っている夫の千秋と、「退職金をもらって、24歳のヒロシという男と逃げる」ことを考えている妻の聡子とのかけひきが実におもしろいのです。最後に用意されている、ちょっとしたイタズラのようなドンデン返しには、おもわず吹き出してしまうことでしょう。「定年を契機にリセットしたい」と思っている人には、簡単にはリセットできないぞと戒めているのかもしれませんね。

 

[あらすじ] 定年後に向けての夫の夢と妻の夢が交差するとき

平成16年3月31日は、浜田山支店長の岩沢千秋56歳にとって、34年間勤めたひまわり銀行における「最後の勤務日」です。岩沢は、東京大学を卒業したものの、出世とは無縁。悪妻に虐げられる生活を26年も続けてきました。とはいえ、その日は、待ちに待った日。ちょっとした不始末でも、退職金を削る口実になってしまうので、一日が何事もなく終わり、3000万円の退職金をもらって、円満に退社することを願っていました。その後は、銀行の関連会社である不動産関係の会社に再就職する予定になっています。そして、なによりも、まだ直接話したことはないものの、メールを通して互いの意思を確認しあった若い女性と人生をリセットしたいと考えているのです。他方、52歳の妻聡子の方も、退職金が夫の口座に振り込まれたら、それを引き出し、やはりメールで恋人になった若い男性と逃げる計画を持っているのです。しかし、行員の失踪、私文書偽造の疑い、100万円の紛失、5000万円の不正融資、融資先とのトラブル、金融庁の検査で発見されたコンプライアンス違反、右翼活動家に対する利益供与、副支店長の着服などなど。数々の不祥事が次から次へと引き起こされます。部下を怒鳴り散らす岩沢。最良の一日になるはずが、最悪のピンチに追い込まれていきます。退職金どころか、ちょっと間違えば逮捕されることすらあるのではと考え込んでしまう始末。

 

円満退社 (幻冬舎文庫)

円満退社 (幻冬舎文庫)