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『波のうえの魔術師』 - 「株の世界」はハラハラドキドキの連続! 

毎日、新聞・ネット・テレビなどで必ず取り上げられるものに、株価の変動があります。個人投資家にとって、株価は収益を左右する重要なファクター。その動きに一喜一憂している人も多いことでしょう。他方、企業にあって、株は、最も重要な資金の調達手段にほかなりません。株価は人気のバロメーターにもなっています。企業の買収や提携には、多くの場合、株式の保有や争奪が絡んできます。最近の具体例では、不動産やホテル事業を手掛けている中堅不動産会社・ユニゾホールディングスを舞台にした、従業員による買収(FBO)、あるいは、プラスとコクヨによる「ぺんてる」株の争奪などを想起することができます。そこで、今回は、「株の世界」をいくつかの視点から浮き彫りにするため、四つの作品を取り上げてみます。

「株を扱った作品」の第一弾は、石田衣良『波のうえの魔術師』(文春文庫、2003年)。むずかしい「株の世界」が門外漢にもわかりやすく解説されているという点では、類書がないほど高いレベルと言えるでしょう。2002年4月11日から6月27日にかけて、フジテレビで放映されたドラマ『ビッグマネー! 浮世の沙汰は株しだい』の原作本。長瀬智也さん、植木等さんが出演されました。

 

[おもしろさ] 日本の総資産を年率1%で運用すると……

株の重要性は、多くの人が認めるところ。が、それはまた、知らない人にとっては、まさに「ちんぷんかんぷんの世界」でもあるのです。ところが、「おっさん臭そう」な株の話も、この著者の手にかかると、すーっと入り込んでいけるのです。扱われている時期は、日本経済が破局に一番近づいた1998年。経済小説を読んでみたいと考えている若い人たちにとって、格好の入門書になりえる本なのです。バブルはなぜ起こったのか、バブル崩壊後の日本の経済・金融界が抱える課題、人々の苦悩・表情が見事に描かれています。主人公がマーケットのAからZまで叩き込まれるプロセスを通して、株式売買の基本を知ることができる本でもあります。さらに、石田衣良は述べています。「日本のGDPは約500兆円。年率3%の経済成長が成し遂げられたとしても、拡大できるのは15兆円。それに対して、日本の総資産と考えられるおよそ8000兆円を年率1%で運用すれば、80兆円の富を生み出せる」と。リスクを伴うとはいえ、資産を運用することもまた大切だと指摘されているのです。

 

[あらすじ] プータローの青年と謎の老投資家が巨大銀行に挑む

東京の下町、荒川区町屋が舞台。プータローの青年・白戸則道が、謎の老投資家小塚と出会います。そして、株の世界に入り込み、自分自身を成長させていくなかで、預金量日本第三位の都市銀行に復讐するというストーリー。そんな彼が「マーケットとの恋に落ちていく」プロセスが、「押しつけがましさとは無縁の瑞々しく軽快な文章」で描かれていくのです。「融資付き変額保険」(1986年に売り出され、最盛期の91年には、全国で120万件の成約を記録)というバブルの「徒花」を一人暮らしの老人に売りつけ、彼らの生活をめちゃくちゃにした「まつば銀行」。その巨大銀行の株価を操作し、復讐劇を演じながら、巨額の利益を得ようとする目論見は、どのように実践されていくのでしょうか? 

 

波のうえの魔術師 (文春文庫)

波のうえの魔術師 (文春文庫)