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『夢を売る男』 - 「客は読者じゃなくて著者」:自費出版の世界

「出版社を扱った作品」の第二弾は、百田尚樹『夢を売る男』(太田出版、2013年)。本を書きたいという人にとって、自分の本が出版されることはまさに「夢」。そんな「夢をかなえる丸栄社という名の出版社」を舞台にした型破りのブラックコメディ。もっぱら自費出版をビジネスにしている出版社にあって、「客は読者じゃなくて著者。だから儲かる」。その実態がユーモアたっぷりに描かれています。

 

[おもしろさ] 「ゴミ」みたいな原稿をお金に変えていく錬金術! 

太宰治が生きていたら、こんな作品を書いたと思う」。「この二つの詩は、私の心に突き刺さりました。何か、こう、ぐっと来ましたね」…。出版社の編集者にそんな言葉をかけられたら、本を書きたいという「夢」を持っている人には、天にも昇るほど心地よく響くことでしょう。しかし、丸栄社の編集者は、文章が無茶苦茶であったり、キャラクターに統一感がなかったり、小学生レベルの下手な絵が描かれていたりするような場合でさえ、同じように褒めあげ、出版を促そうとするのです。普通は、売れなかったら、出版社が損をかぶることになるわけですが、同社の場合は、著者がお金を出すので、売れなくても儲かるのです。この本は、出版を願望する人の「夢」を弄び、拙い「ゴミ」みたいな原稿の束を「出版費用の一部を負担してもらう」という名目で、百万、二百万に変えていく出版社の「ぼろいビジネス」の一端をおもしろおかしく描いています。

 

[あらすじ] 目いっぱいおだてあげ、出版に持ち込むテクニック

「知ってるか。世界中のインターネットのブログで、一番多く使われている言語は日本語なんだぜ」「本当ですか?」「今から7年前、2006年に、英語を抜いて世界一になったんだ」「70億人中、1億人ちょっとしか使わない言語なのに?」「日本人は世界で一番自己表現したい民族だということだ」。そうした会話をリードするのは、丸栄社の辣腕編集部長・牛河原勘治45歳。牛河原が持ちかける「ジョイント・プレス方式」(出版社と著者が共に手を携えて本を出そうという趣旨で作られた制度)こそ、本を著したいという人の夢を実現する手法にほかなりません。「丸栄社文藝新人賞」に応募してくる小説には、まともな作品はありません。にもかかわらず、応募者のリストを悪用し、作品と著者を目いっぱいおだてあげ、出版に持ち込んでいくという、彼の手口=テクニックは実にお見事というしかありません。ところが、そんな丸栄社に、同じようなビジネスを行う新たなライバルが登場してきます。

 

夢を売る男 (幻冬舎文庫)

夢を売る男 (幻冬舎文庫)