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『小説Fukushima50』 - 死の恐怖と対峙しながら任務を遂行した男たち

2011年3月11日。東日本大震災からまもなく9年。それは、未曽有の大地震に加え、想像を絶する大津波、そのうえまかり間違えば、「東日本を全滅させたかもしれない」ほどの衝撃を与えた東京電力福島第一原子力発電所の事故が重なったことで、甚大な被害をもたらしました。復興に向けての力強い動きがみられるものの、いまなお被災地に深刻で広範囲の問題を突き付けています。そこで、今回は、福島第一原発事故をモデルにした作品を四回にわたって紹介し、その事故がいかなるものであったのかについて考えてみたいと思います。

福島第一原発をモデルにした作品」の第一弾は、周木律『小説Fukushima50』(角川文庫、2020年)。すべての電源を喪失し、制御不能と化した現場で、炉心溶解を食い止めるために死力を尽くした作業員たちの姿が浮き彫りにされています。本書は、まもなく(2020年3月6日)公開される映画『Fukushima50(フクシマフィフティ)』(監督:若松節朗、出演:佐藤浩市渡辺謙ほか)の脚本をもとに書き下ろされた小説です。

 

[おもしろさ] 最悪のシナリオは「東日本の壊滅」だった! 

この本の読みどころは、原子力発電の仕組みや原子炉の構造といった基本的な情報をわかりやすく解説したうえで、事故の説明とその深刻度を読者に伝えてくれる点です。もし原子炉内にある核燃料がすべて、大気中に無制限にばらまかれたら、どうなるのでしょうか。まず、第一原発のみならず、第二原発にも立ち入ることができなくなる。「チェルノブイリの10倍の放射能」が排出される。その結果、「首都圏はもちろん、東日本は壊滅」といった事態が引き起こされる。そうした事態が発生することを避けるため、現場の作業員たち=原子炉技術者(プラントエンジニア)の死闘があったのです。彼らは、死の恐怖と対峙しながらも、最後の最後まで自分たちの任務を達成しよう奮闘したのです。

 

[あらすじ] 最前線で奮闘する作業員たちが奇跡を起こした! 

2011年3月11日14時46分。尋常ではない大きな揺れと激しい衝撃。「地震だぁ」という叫び声。「いいか!皆、まずは落ち着け」と、吉田昌郎福島第一原子力発電所長の発声。中央制御室の当直長席にいた伊崎利夫は、原子炉が暴走し、制御できなくなる前に、原子炉を緊急停止(スクラム)することを指示。「止める、冷す、閉じ込める」という緊急時のプロセスは、問題なく進んでいく。「津波が、来るな」という吉田のつぶやきに対して、「大丈夫ですよ、原子炉は海抜10メートルありますから」と誰かの声。ところが、大きな津波によって、非常用のディーゼル発電機がストップ。こうして、あたかも「目隠しされた上に、舵もスロットも取れない飛行機」のような危険な事態が始まることに。原子炉の緊急停止が行われたとはいえ、停止しても原子炉は自然に熱を発するからです。時間がたてば、原子炉内は何百度、何千度まで上昇。炉内の水が沸騰し、水蒸気に代わると、内部の圧力が高まり、燃料が解け、メルトダウン(炉心溶解)に向かう。そうなれば、大量の放射能がまき散らされることになるのです。「福島第一原発が、津波に襲われ全電源を喪失、冷却機能を失っている」という知らせに、激情に任せて怒鳴り散らす首相。現場では、炉心溶解の危機が刻一刻と迫るなか、命を懸けて放射性物質に汚染された原子炉建屋に突入し、考えられる限りの奮闘を果たした、名もなき作業員たちの作業が続きます。それは、世界でどこもやったことがない「人の手によるベント(格納容器の中の圧力を外に逃がすこと。周辺地域が放射能で汚染される)」を含む、危険極まる作業だったのです。誰しもが死を覚悟したとき、奇跡が! 

 

小説 Fukushima 50 (角川文庫)

小説 Fukushima 50 (角川文庫)

  • 作者:周木 律
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: 文庫