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『小説・震災後』 - 掻き立てられた狼狽と不安、そして疑心暗鬼に

福島第一原発をモデルにした作品」の第四弾は、福井晴敏『小説・震災後』(小学館文庫、2012年)。震災後における日本人の寄る辺のない狼狽感・不安感・疑心暗鬼とはいかなるものか、それらにどのように対処していけばよいのか、次の世代になにを継承するべきなのかが描かれています。

 

[おもしろさ] 「震災後の現実」とは? 未来像とは? 

本書の特色は、ずばり大震災・大津波福島第一原発事故が日本人に与えたインパクト=「震災後の現実」を人々の前に露呈するなかで、未来に向けてどのように考えていけばよいのかを示した点にあります。安全かつ低コストで電力を供給できると説明されてきた「原子力発電がまったく安全ではなく、いったん暴走すればほとんど手の付けようがない」という現実。ごく普通に使われていた感のある「絶対にありえない」「想定外」といった言葉がもはや有効ではないという現実が示されています。そして、きちんと説明されないで済ませていたことを明らかにしたうえで、「経済を取るか、安全を取るか?」といった二者択一ではなく、模索すべき未来像とそこに至るまでの明確な工程が、提示されています。

 

[あらすじ] 彼の人生は大きく変わっていった! 

2011年3月11日の原発事故によって、原発関連書籍が飛ぶように売れ、すべての日本人が放射能という言葉に過敏になりました。東京・多摩ニュータウンに住み、ごく平凡なサラリーマン生活を送っていた野田圭介。ところが、松ケ谷中学校の生徒である自分の息子が「悪質なデマ画像をネットに流し、警察沙汰を起こす」という事件が起き、現実を直視することを避けてきた彼の人生が大きく変わっていきます。その変化を探るなかで、単に野田家だけではなく、より広く日本社会全般に重くのしかかる「震災後の現実」が浮き彫りにされていくのです。5月1日、父・妻・息子・娘と合わせて5名の野田家の面々は、ボランティア活動に参加するため支援物資とともに被災地に。そこには、想像を超えた瓦礫の原と、「困っていても言い出せず、水も電気も止まった住宅でじっと耐えるしかない人々」がいたのです。そして9月11日、野田は、全校集会において、現実をしっかりと見極めたうえで、どのように未来に向かっていけばよいのかについての考えを披露することになります。

 

小説・震災後 (小学館文庫)

小説・震災後 (小学館文庫)