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『クライマーズ・ハイ』- 未曾有の航空機事故を契機に蘇る記者魂

「記者を扱った作品」の第二弾は、横山秀夫クライマーズ・ハイ』(文春文庫、2006年)。群馬県の架空の地方新聞社「北関東新聞」が舞台。1985年の日航ジャンボ機墜落事故の際、全権デスクに任命された悠木和雅の格闘を描いています。未曾有の大事故の報道という、あたかも絶壁の岩場を登るような困難を極める難関に挑む過程で、不器用で、うまく繕えず、心に大きな傷を持った彼の中に「記者魂」が蘇っていきます。どのように報道すべきなのか、紙面をどのように構成するのか、その本質に迫る作品です。クライマーズ・ハイとは、興奮状態が極限にまで達し、恐怖感がマヒする状態を意味します。著者の横山は、1985年に起こった日本航空123便御巣鷹山墜落事故のとき、上毛新聞社の記者でした。その経験が臨場感あふれる展開のなかに生かされています。2004年第1回本屋大賞第二位。2005年12月にNHKで放映されたドラマ『クライマーズ・ハイ』(主演:佐藤浩市さん、出演:大森南朋さん)、2008年7月に公開された映画『クライマーズ・ハイ』(監督:原田眞人さん、主演:堤真一さん、出演:堺雅人さん)の原作本。

 

[おもしろさ] 記者に降りかかる「火の粉」を払いのけて

この本に登場する北関東新聞。空気は淀み、地方新聞社としての明確な方向性が定まっていませんでした。そもそも、群馬県内では、昭和46年の「大久保事件」と47年の「連合赤軍事件」を除けば、記者魂を喚起させるような大事件が起こっていなかったのです。それゆえ、現場で鍛えられる機会も非常に限られていました。中央政界の人脈を持ち込んだ社長派と専務派の抗争や、編集局と広告・販売・出版局との対立が日常化し、ゴタゴタ回避に大きな時間と神経が割かれていました。平時では、そうした現状を変えていくことは、至難の業であったかもしれません。本書の魅力は、そうした社内の態勢・雰囲気に抗して、記者魂を発揮しようとする記者に降りかかる「火の粉」の実態と、それを払いのけていこうとする姿をリアルに描き出している点です。

 

[あらすじ] 事故後1週間の苦闘と急峻な岸壁への登攀が

冒頭は、57歳の悠木和雅と30歳の安西燐太郎が谷川岳の急峻な岸壁である衝立岩を登ろうとするシーン。17年前の1985年夏、悠木は、燐太郎の父親である耿一郎と衝立岩に挑むはずでした。が、その約束は果たされませんでした。その前夜に、日航ジャンボ機群馬県上野村山中、御巣鷹山で墜落し、520名の命がなくなるという、航空機の単独事故としては史上最悪の事故が発生。地元紙「北関東新聞」の遊軍記者であった悠木は急遽、全権デスクに任命され、1週間、嵐のような日々と格闘することに。他方、ともに登るはずの耿一郎の方は、クモ膜下出血で、病院に搬送されていたのです。物語は、事故後1週間の悠木の苦闘と、二人の衝立岩への登攀がパラレルに進行し、17年間における悠木の内面変化が綴られていきます。

 

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

  • 作者:横山 秀夫
  • 発売日: 2006/06/10
  • メディア: 文庫