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『BUTTER バター』 - 連続不審死事件の「真相」を追いかけるなかで

「記者を扱った作品」の第四弾は、柚木麻子『BUTTER バター』(新潮社、2017年)。2007~09年にかけて起こった首都圏連続不審死事件。愛人業を生業としていた梶井真奈子(1980年生まれ。木嶋佳苗がモデル)が出会い系や婚活サイトを介して知り合った男性たちからお金を奪い、40代から70代の三人の独身男性を死に追いやった事件のことです。本書は、その事件をモチーフとして、東京拘置所で拘留中の梶井に取材を行い、事件の真相を追いかけるなかで、週刊誌女性記者の毎日をいつも「全力疾走」し続けるようなハードなお仕事を描いています。

 

[おもしろさ] 世間一般の男性の平均的な反応とは異なる視点とは? 

まず首都圏連続不審死事件の被害者はなぜ、おカネを奪われ、殺されてしまったのでしょうか? 「ずっと孤独だったから、老後の世話をしてくれるなら、どんなブスでも良かった」「ご飯を作ってくれる家庭的な女であれば、もう誰でもよかった」といった声が聞こえてきそうです。では、その事件がなぜ注目されたのでしょうか? 「大勢の男達を手玉にとり、法廷でも女王様然としていた梶井が決して若くも美しくもなかったためだ」「あんなデブがよく結婚詐欺なんてできたと思うよ。やっぱ料理上手いからかなあ?」といったものでした。本書の特色は、上述のような世間一般の男性の平均的な反応とは異なった視点から説きおこしていることと、それを追跡する女性記者の執念を明らかにしている点にあります。

 

[あらすじ] 居心地の良い環境を得て超然と振る舞う梶井! 

大手出版社の秀明社の男性週刊誌『週刊秀明』の記者・町田里佳33歳。週刊誌の記者には、一週間という区切りで、取材と原稿書きに奔走し、「寝ても覚めても走っている感覚が抜けない」というリズムが要求されます。「食やお洒落、女が好むものに昔から無頓着」。そんな彼女がずっと気にかけていたのが、首都圏連続不審死事件。「事件の真相に迫るだけではなく、自分自身の生きづらさのようなものにもしっかり向き合ってみたいという思い」があったのです。「梶井は何よりも自分を許している……。大切にされること、あがめられること、プレゼントや愛を与えられること……、それらをごく当たり前のこととして要求し続け、その結果、自分にとって居心地の良い環境を得て超然と振る舞っていたのだ……。どんな女だって、大切にされることを要求して構わないはずなのに、たったそれだけのことが、本当に難しい世の中だ」。その頃、梶井真奈子が逮捕直前まで書き続けていた、美食と贅沢に溢れたブログが話題になっていました。趣味が食べ歩きやお取り寄せ、かなりの料理自慢のようです。里佳自身、梶井には何度も手紙を出したのですが、まったく反応がありません。東京拘置所まで行ったことも二回あるけど、やっぱり向こうには会う気はなかったようです。ところが、気心の知れた友人の怜子が「あの時のビーフシチューのレシピをぜひ、教えてください」と言ってみたらとアドバイス。料理を切り口にした申し込みをきっかけに、梶井とのちょっと不思議な面談が実現することに。「どうしても、許せないものが二つだけある。フェミニストとマーガリンです」「バター醤油ごはんを作りなさい」。バターについての講釈から二人の面談がスタートしたのです。

 

BUTTER (新潮文庫 ゆ 14-3)

BUTTER (新潮文庫 ゆ 14-3)

  • 作者:柚木 麻子
  • 発売日: 2020/01/29
  • メディア: 文庫