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『握る男』 - 鮨屋の下働きから「外食産業の帝王」に成り上がる男

「飲食店を扱った作品」の第二弾は、原宏一『握る男』(角川文庫、2015年)。悪知恵と謀略により、鮨屋の下働きから始まって「外食産業の帝王」に成り上がっていく男の物語。「握る」という言葉には、「鮨を握る」「キンタマを握る」「人心を掌握する」といった複数の意味が盛り込まれているのです。原の作風といえば、軽快でユーモアたっぷり、人情味にあふれるもの。それとは対照的に、本書は、男のどす黒い野望と闇を描いている点で、ちょっと異色な作品と言えるでしょう。

 

[おもしろさ] 邪魔者を策略でおとしいれながら事業を拡大

本書のおもしろさは、コツコツと努力を重ねて成功を掴み取るというよりは、周りの人物の弱みを握り、邪魔者を策略でおとしいれ、蹴落としながら事業を拡大していく男・徳武光一郎を描いている点です。目的のためには、手段を選ばず、思うがまま動かせる手下が一人いれば、そいつを使って十人動かせるという哲学を持つ男。そのような男が発散する商売の才覚、底知れぬ怖さなども、この本の魅力になっています。また、その男に、「学校の勉強ができたやつほど馬鹿なんだ。やつらは言われたことを丸暗記して忠実に実行する頭と従順さは持っているが、独自の発想を大胆に実現させる頭と度胸は持ち合わせていない」「この国の教育機関は突出した才能を叩きに叩いて均質化する兵隊養成機関になってしまっている」と述べさせていることには、興味深いものがあります。

 

[あらすじ] 屈託のない笑顔と悪魔的な頭脳を持つことで

物語は、金森信次が両国の鮨屋「つかさ鮨」の見習いとなる1981年にスタート。半年後、6歳年下の16歳の徳武光一郎が入店します。不器用で先輩から苛めの標的になっていた金森とは異なり、仕事覚えが早い徳武の方は、屈託のない笑顔と人懐っこさを併せ持ち、出会った人間をひきつけてやまない不思議な力を兼ね備えていました。あだ名はゲソ。人心掌握のためならどんな手段をとることも躊躇せず、悪魔的な頭脳を働かせていきます。そして、金森を腹心の子分、のちには「番頭」として活用し、「鮨屋の経営者」からさらには「外食産業の帝王」にまで上り詰めていきます。

 

握る男 (角川文庫)

握る男 (角川文庫)

  • 作者:原 宏一
  • 発売日: 2015/03/25
  • メディア: 文庫