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『ロスト・ケア』 - 重度の要介護者43人を殺すことで……

「老人介護を扱った作品」の第三弾は、葉真中顕『ロスト・ケア』(光文社、2013年)。重度の要介護者を狙い撃ちする連続殺人を軸にして、介護者と要介護者の関係・心情をホンネで考えた作品です。介護の世界に身を置けば、死が救いになるということが間違いなくあるというと指摘されています。その考えを突き詰めていけば、本書のようなストーリーがあり得るかもしれませんね。2012年の第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。

 

[おもしろさ] 介護に伴う苦悩によって浮かび上がる心の「闇」! 

介護というのは、介護者にも要介護者にも、大きな負担を伴うもの。とりわけ、重度の要介護者の場合、負担や苦悩は半端なものではありません。苦痛に耐えかねた介護者のなかには、いっそのこと、介護対象となる親がいなくなればと、密かに想像してしまうこともあるようです。もちろん、そうは思っても、実際に殺してしまうことなどできるわけではありません。では、人知れず、代わりに殺人を代行してくれるような人がいれば……。もし、そのような事態が起これば、人はどのように考えるのでしょうか? よくやったとたたえることはできないでしょう。かといって、声高に非難することもしにくいのでは。どうにもやり場のない気持ちにさせられてしまうのではないでしょうか。介護ビジネス・業界、介護保険、さらには介護の現場にも切り込んだ本書は、そうした人間の心の「闇」にメスを入れた、社会派ミステリー小説でもあります。

 

[あらすじ] 完全犯罪の目論んだ犯人の真の目的は? 

物語は、43人もの人間を殺害した「彼」が死刑の判決を受ける場面から始まります。介護の最前線で働いてきた「彼」は、後に次のように言います。殺すことで、介護者と要介護者を「救いました」。僕がやったことは介護です。「喪失の介護、つまりはロスト・ケア」なのです、と。起訴から判決まで4年近くの長い月日がかかったのは、被害者があまりにも多かったため。その裁判を傍聴した羽田洋子は、76歳の母を殺されたにもかかわらず、「彼に対する怒りも憎しみ」も湧きませんでした。「お前は誰だ! 何をするんだ! 私に触るな! このケダモノ!」と吼える洋子の母は、認知症を患っていました。彼女の介護は、「地獄」。「人が死なないなんて、こんなに絶望的なことはない!」。そんなふうに考えていたのです。月に1回ほどのペースで起こった殺人事件の被害者のほぼ全員は、いずれも認知症を患うなど、家族への負担が重たい要介護者。目立った外傷を残さず、老人が静かに死んでいるという状況をつくることにより、司法解剖をほとんど行わないこの国の検視システムの隙間を衝くような巧妙な手口で、事件性がないと処理されていたのです。ところが、完全犯罪のように仕立て上げられていたはずの殺人が、大友秀樹検事のある疑問から発覚することに。

 

ロスト・ケア (光文社文庫)

ロスト・ケア (光文社文庫)