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『銀の虚城』 - 「極秘の特命」に翻弄されたホテルマンの悲劇

旅。それは、非日常の世界に触れることで日常生活にも楽しみを作り出し、メリハリをつけてくれます。そうした人々のエンタテインメントを演出し、サポートしてくれるサービス業のひとつにホテルがあります。今回は、顧客の視点というよりは、サービスを提供する側の視点から「ホテルを扱った作品」を四回に分けて紹介します。

「ホテルを扱った作品」の第一弾は、森村誠一『銀の虚城』(角川文庫、1974年)です。東京オリンピックを前に、次々と巨大ホテルが建設され、ホテル同士の激しい客の争奪戦が展開されるという時代背景。主人公のホテルマンは、社長からある「極秘の特命」を受けます。ホテルの機構、経営的側面、投宿の手続き、サービス内容など、ホテル経営のノウハウについて描いた古典的作品。巻末にホテル用語の略解があり、便利です。新大阪ホテルやホテル・ニューオータニなどに務めた経験を有する森村ならではの内容になっています。

 

[おもしろさ] ホテルの「日本式スタイル」がつくられたのは? 

1964年の東京オリンピックを契機に、東京にホテルブームが起こりました。ところが、日本までの航空運賃が高いこともあって、アメリカをはじめ、海外からの観光客が思ったほど集まらなかったのです。そこで、国際市場にばかり期待するのではなく、国内市場を積極的に開拓する方策が考えられるようになります。その結果、日本のシティホテルは、ほかの国のホテルとは異なる集客方法で進化を遂げたのです。それは、今日では普通にみられることなのですが、宿泊というホテル本来のサービス以外に、新年会・忘年会・謝恩会など各種のパーティ、結婚式・法事といった「人生の節目節目におけるさまざまな舞台」の提供・演出、さらにはディナーショー・カルチャー教室・集団見合いパーティなど、アイデアをこらしたイベントの数々だったのです。本書の魅力は、そうした時代状況を理解しながら、ホテル同士の熾烈な競争の「ウラ側」と、「極秘の特命」に翻弄されたホテルマンの悲哀が堪能できるように仕上げられている点にあります。

 

[あらすじ] ライバルホテルに就職して、内部から攪乱せよ! 

高村博は、日本最大の老舗ホテルである東都ホテルに入社してから二年たったある日、社長から秘密裡に特命を受けます。それは、同ホテルの首位の座を脅かす新設のホテル大東京の従業員になりすまし、内部から撹乱せよという内容でした。復帰後の好条件を約束された彼は、大東京に入社し、フロントのレセプションの班長になり、命令通り評判を落とすべくさまざまな工作を行います。オープン直後の混乱に乗じて、収容可能数以上の予約を受けつけ、予約客をあふれさせることを皮切りに、国際細菌学会議の開催中に赤痢菌培養液を従業員食堂の食品にばらまいたり。しかし、約束の三年間を終えて復帰しようとすると! 

 

銀の虚城 (角川文庫)

銀の虚城 (角川文庫)