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『ホテルジューシー』 - 「炊き込みご飯」のようなホテルでのバイト経験

「ホテルを扱った作品」の第四弾は、坂木司『ホテルジューシー』(角川文庫、2007年)。しっかり者の大学二年生、ヒロちゃんこと柿生浩美。沖縄の格安ホテル「ホテルジューシー」でのアルバイトを通して心を強くし、たくましくなっていくひと夏の物語。ジューシーとは、沖縄の「炊き込みご飯」を意味します。

 

[おもしろさ] 「だらしのない人間」が大嫌いと思っていたのが

ホテルとは、不特定多数の人たちが訪れ、去っていくという特殊な空間。したがって、様々な人間ドラマが繰り広げられる舞台にもなりえるわけです。一方、そこで働く人にとっても、出会う人はまさに十人十色。人生勉強の素材には事欠かないのです。ヒロちゃんは、大家族の長女を長年やってきたことで、物心ついてからずっと、年の離れた弟妹を心配しながら生きてきた。自分のことより他人のことを優先して考えてしまう。だけど、「だらしのない人間」が大嫌い。そのような「無責任な人間と一生つきあわずにいられたら幸せ」と思い込んでいる。でも世の中を見渡せば、「だらしのない人間」と思われがちな人間もまた、少なくありません。そのような人と関わりを持たないで生きていくことはむずかしいのです。したがって、そんな心を広くしていく機会が必要だったのかも知れませんね。ホテルジューシーでのアルバイト経験を通して、そんなヒロちゃんが鍛えられていく様子をエンジョイできる作品です。

 

[あらすじ] 怒って泣いて笑って脱力して

大学二年生になって迎えた夏休み。ヒロちゃんにとって自分のためにだけ使えるほとんど初めての期間となりました。そこで、将来の卒業旅行の資金を稼ぐため、石垣島のプチホテルでアルバイトをスタート。そこでの生活は快適そのもの。ところが、オーナー夫人から、沖縄にある知人のホテルで働いてほしいと依頼されます。その結果、那覇のメインストリートである国際通りから横道に入ったところにあるホテルジューシー(部屋数10室)で働くことに。そこでは、堅気には見えない変人のオーナー代理や、底抜けに明るい掃除係のふたりのおばあちゃん、勝手に突然辞めてしまう先輩アルバイトなど、ヒロちゃんの基準では、「よくこんな調子で今まで宿をやってこられたものだ」と思ってしまうほど「いい加減で、だらしのない人たち」が働いていたのです。さらに、ワケあり客が巻き起こすトラブルで翻弄されてしまいます。「なんで私は、こんなところにいなきゃならないの?」落ち込んでしまうヒロちゃん。しかし、落ち込み、苛立ち、怒ってしまうものの、やがて周りの人たちの人柄の深みに触れることで、たくましく成長していきます。「怒って泣いて笑って脱力して、この夏は、本当に、本当に楽しかった」。「人生はたまに、他人の手でかき混ぜられた方が面白い」。

 

ホテルジューシー (角川文庫)

ホテルジューシー (角川文庫)

  • 作者:坂木 司
  • 発売日: 2010/09/25
  • メディア: 文庫