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『ガラスの巨塔』 - 巨大公共放送局における優等生集団の横並び体質と嫉妬

「テレビ局を扱った作品」の第二弾は、今井彰『ガラスの巨塔』(幻冬舎、2010年)。著者は、元NHKの看板プロデューサーで、人気番組「プロジェクトX」を立ち上げた人物。巨大公共放送局(モデルはNHK)の内幕を描いた「小説」。最後まで読んで「この小説を書くために、NHKを辞めました」という帯に記された言葉の意味を満喫して下さい。

 

[おもしろさ] ありとあらゆる情報が全編に散りばめられています! 

社員数は1万人を超える、世界最大の公共放送局「全日本テレビ協会」(通称、全日本テレビ)。国民一人当たり年間3万円を超す視聴料が集まり、毎年の事業収入は7000億円に迫ります。全日本が抱える番組の総計は4万本。テレビ界のコンマグリッドで、その頂点に立つ会長は「天皇」と呼ばれています。①全日本テレビの組織・機構から始まって、②格差が生まれることを嫌がる優等生集団のなかで「出る杭は打たれる」という極めて官僚的で、いびつな社員の体質、③取材の臨場感、④番組作りの手順に至るまで、ありとあらゆる情報が全編に散りばめられています。この本の魅力は、目が離せないストーリー展開を楽しみながら、全日本テレビの全貌を知ることができる点にあります。

 

[あらすじ] 三流部署のディレクターから最強プロデューサーへ

学生時代からドキュメンタリー番組を作ることを夢見ていた西悟。地域限定の放送にしか関われないフランチャイズ要員として採用された彼は、九州のローカル放送局で、五分程度のローカル番組、天気予報の送出係、中継の担当などに携わっていました。彼に対する評価は、「仕事は出来るが上司と満足に口も利かず、協調性のかけらもないどうしようもない奴」というもの。およそ十年後、西がたどり着いたのは、東京本部でも「ディレクターの墓場」と呼ばれる三流部署。しかし、1991年の湾岸戦争の勃発によって、西35歳の運命が大きく変転します。イラクのミサイルによって撃ち落され捕虜となったアメリカ軍パイロット。故郷の田舎町で暮らす彼の老いた両親に取材し、西によってまとめられた特集番組『グーテン夫妻の戦争~捕虜家族の記録』。それが予期せぬほどの大きな反響と称賛を巻き起こしたのです。同僚や視聴者、さらには世の中に初めて認められたことで、西は歓喜します。こうして、熱情と強引さと圧倒的な記者魂を兼ね備え、のちに「神の子」「天才児」と称される西独特の取材と「魂を込めて作っていく」という番組作りがスタートします。9年後の2000年4月、44歳になった西は、戦後日本の裏舞台で懸命に生き闘った無名の日本人たちを番組の主役に据える『チャレンジX』のチーフ・プロデューサーになっていました。藤堂会長の支持もあり、その人気は爆発的なものとなり、主題歌は売れに売れ、ミリオンセラーとなります。そして、テレビ人にとって夢の視聴率20パーセントに到達。そんな西に女性初の役員、前園湯子が言います。「西さんは注意しなけりゃね。この会社はね、横並びじゃなければいけないのよ。飛び出ちゃまずいの。小さな成功でも男は嫉妬する生き物なのよ。あなたみたいに成功した人いないじゃない。あなたの周りでメラメラ嫉妬の炎が燃えているのが分からないのよ」。やがて、7年近く会長として君臨した藤堂は、「ずさんな管理体制」を糾弾する動きを受けて辞任。藤堂という後ろ盾を失った西に対する周りの仕打ちは一層激しさを増していきました。『チャレンジX』のねつ造疑惑とやらせ問題で、番組はついに窮地に陥ります。

 

ガラスの巨塔

ガラスの巨塔