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『風のマジム』 - 沖縄の風に吹かれて育ったラム酒の製造会社を

かつての日本には、入社した会社で定年まで勤めるという「終身雇用」が幅を利かせていました。ところがいま、働き方が多様化してきています。また、自分自身の「働き方」を模索するなかで、転職や起業を経験する人も多くなっています。起業には、個人事業主として起業する場合と、会社を設立して起業する場合があります。前者については、フリーランスとして働いている人も含まれますので、正確には数値化しにくい面があります。他方、後者については、統計によって年ごとの推移が確認できます。東京商工リサーチの調査によれば、2018年に新たに設立された法人数は12万8610社。長期的には、増加傾向にあるようです。そこで、今回は、どういった経緯でそこに至るのか、円滑に行っていくためには、いかなる手順やプロセスが必要なのかといった、起業にまつわるあれこれを考えさせてくれる作品を四回に分けて紹介します。

「起業を扱った作品」の第一弾は、原田マハ『風のマジム』(講談社文庫、2014年)です。南大東島を舞台に日本発の純沖縄産ラム酒の製造会社を起業する伊波まじむの物語。モデルは、ラム酒製造会社グレイスラムを設立した金城祐子。社内ベンチャーへの応募が起業の動機になっています。

 

[おもしろさ] 計画し、検討し、石橋を叩くように準備する! 

この本のおもしろさは、主人公のまじむが、新しい企画を自ら見つけ、それを起業という形で実行に移していくときに経験する苦難と喜びをリアルに描き上げている点にあります。事業を行うには、「心して計画を立て、緻密に計算し、何重にも検討を重ね、石橋を叩くことが必要」。まじむは、基本的にはすべての調査も作業も自分でやっていきます。原料の確保、醸造家の確保などに、文字通り本気で取り組み、「真心」を確認しながら事態を切り開いていきます。

 

[あらすじ] 飲んでみたい。いや、違う。造ってみたい! 

28歳のまじむは、沖縄でも有数の大企業・琉球アイコム那覇支店総務部に勤務する派遣社員。「いいことも悪いことも、全部、風に吹かれれば、何とかなるさ」という祖母の教えを胸に育ってきました。が、入社して3年を過ぎたものの、自分のすべきことが見つからない日々を過ごしています。そんなある日、社内ベンチャーの募集に対して応募したのが、「南大東島さとうきびラム酒を造る」という事業。総面積の6割をさとうきび畑が占める南大東島では、風が「豊かなさとうきび畑の葉を揺らし、海に波を立て、潮流を起こし、魚たちの道を拓く」と言われています。「沖縄のさとうきびから生まれた酒。沖縄の風に吹かれて育った酒。もしも、そんな酒があったら。飲んでみたい。いや、違う。造ってみたい。その思いは、きらりと光って、すとん、と落ちてきた。流れ星のように。まじむの心の、真ん中をめがけて」。

 

風のマジム (講談社文庫)

風のマジム (講談社文庫)