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『闘う女』 - 強い人間になると、自分に言い聞かせながらの闘いと葛藤

「働く女性を扱った作品」の第三弾は、朝比奈あすか『闘う女』(実業之日本社文庫、2015年)。夢を抱いていても、その夢を成就する才能も運も持ち合わせていないごく「普通の人」。寂しくて、不安に満ちて、母に甘えたいという本心を覆い隠し、寂しくない、強い人間になるのだと、自分に言い聞かせながら闘っている女性。1993年から2012年までの世の中の変化とともに、そんな女性の20年間の軌跡が描かれています。原題は、『プールサイドの彼方』(実業之日本社、2012年)。

 

[おもしろさ] 普通の人が経験する様々な軌跡の凝縮形! 

「人生は、映画のように漫画のように、パッピーエンドの形でも、バッドエンドの形でも終わらない。パッピーもバッドもないまぜにしながら、ほとんどの場合、だらだらと予期せぬかたちで続いていく」。「多くのフィクションには、主人公と脇役との人生が分かれて存在する。でも、現実は違う。あらゆる人間は、自分の人生の主人公であり、他人の人生の脇役である。そして、クライマックスのないドラマを生きている」。解説を書かれた柳瀬博一さんの言葉です。本書のおもしろさは、まさにそうした物語になりにくい、無数のごく普通の人たちのとりとめもない、ばらばらの人生の軌跡を、ひとりの主人公に凝縮させた形で描き出そうとしている点にあります。

 

[あらすじ] 怒り・失意・挫折で満たされなかったヒロインが

バブル崩壊後の1993年、出版社に就職した石川ひとみ。変転の連続を経験します。カップラーメンの夜食づくりしか担当させない上司で、ビジネス雑誌『リッチブレーン』の嶋田編集長。「もう耐えられません」とひとみ。管理課での閑職を経て、編集部に異動。パソコン雑誌の編集記者に。やがて、転職活動を試みるも、うまくいかずに挫折。おまけに、肖像権の侵害のトラブルが勃発し、その責任を押し付けられるように。思いがけない妊娠と出産のあと、今度は育児と仕事の両立に悩みます。愛する人と別れ、満たされない日々が続きます。しかし、いつしか「補い合って、支え合う。まわり、めぐっていく」という会社という組織のあり方にも理解を示せるようになり、「社会の歯車」になっていることも自覚できるようになっていたのです。2012年、新雑誌の編集長への就任したひとみは、漠然とした不安と武者震いするような高揚感を感じます。仕事に貪欲であり続けたひとみの20年間の軌跡が浮き彫りにされています。

 

闘う女 (実業之日本社文庫)

闘う女 (実業之日本社文庫)