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『沈まぬ太陽』 - 一人の人間がここまで追い詰められるのか? 

われわれの生活と深く関わり、しかも最も多くの部品から成り立っている工業製品とはなんでしょうか? 答えは、飛行機です。例えば、自動車一台の部品数が2~3万点。それに対し、ジャンボ機一機の部品数はおよそ600万点に及びます。さらに、飛行機でヒトやモノを運搬することを業務とする航空会社では、極めて多くの職種の労働者が働いています。例えば、営業活動に携わる者、機体を整備する者、操縦する者(パイロット)、機内でサービスを担当する者(CA)、チェックインから搭乗までの案内に携わる者など、いろいろです。そのうえ、飛行機の運航に関わる許認可という点で、国家権力とも密接な関係を持っていることもまた、航空会社の特徴です。現在、コロナ禍のなかで大きな試練に直面している航空会社。が、飛行機は、空の移動手段として、われわれの生活には必要不可欠なものです。今回は航空会社に焦点を合わせ、4つの作品を紹介していきます。

「航空会社を扱った作品」の第一弾は、山崎豊子沈まぬ太陽』(全五巻、新潮社、1999年)です。登場する国民航空のモデルは日本航空。組織の一員として、客観的な判断に基き言うべきことを言い、正すべきところを正そうとした。ただそれだけの行為。ところが、上層部から疎まれ、「現代版島流し」の如く、カラチやテヘランを経て、ナイロビへと左遷された人物の壮絶な生き様をものの見事に描いた大作です。男の名前は恩地元。若松節朗監督による映画『沈まぬ太陽』(2009年10月公開、第33回日本アカデミー賞・最優秀作品賞受賞作)の原作です。主演は渡辺謙さん、出演は三浦友和さん、松雪泰子さん、鈴木京香さん、石坂浩二さん。さらに2016年にはWOWOWで、上川隆也さん主演でテレビドラマ化されました。

 

[おもしろさ] あぶり出される腐敗の構造

本書のひとつの特色は、国民航空を蝕む腐敗の構造があぶり出されていること。旧労働組合の組合員に対する差別や新生労組の組合員に対する論功行賞人事による「組合崩し」、上層部の「安全対策に対する関心の低さ」、御巣鷹山でのジャンボ機の墜落事故の背景、新生労組の創設者たちによる本社および関連会社における「既得権の独占」、「政官財を巻き込んだ暗闘」などが、浮き彫りにされています。そして、もうひとつの特色は、絶望的な「いじめ」の果てに、家族と離れ離れにさせ、孤絶の日々を余儀なくさせた国民航空という組織の非情さ、それに耐え続けた主人公・恩地元の心の中を描き切っていること。彼が耐え忍ぶことができたのは、アフリカの大自然と野生に生きる動物たちとの出会い。壮大な物語のラストを飾るのは、「サバンナの地平線へ黄金の矢を放つアフリカの大きな夕陽は、荘厳な光に満ちている。それは不毛の日々に在った人間の心を慈しみ、明日を約束する、沈まぬ太陽であった」というもの。印象深い一文です! 

 

[あらすじ] 長くて過酷な恩地の苦難の始まり! 

恩地の運命を大きく変えたのは、1961年6月に行われた国民航空労働組合(組合員数3000名)の新しい委員長を告げる掲示でした。そこには、前委員長による再三の打診を断ったにもかかわらず、勝手に名指された自分の名前が。入社後8年、30歳で、東都大学卒のエリート集団ばかりを集めた本社予算室への配属が決まったばかりでした。当時の国民航空における多くの社員の給与や労働条件は、公務員に及びませんでした。労働組合は、会社となれ合いの御用組合でした。慢性化した人員不足や過重労働で、職場には不満が鬱積していたのですが、それを会社側に言い出す者がいなかったのです。そこで、労働条件の改善をめざし、恩地は懸命に活動を展開します。しかし、国民航空史上初めてとなるストライキを行ったことから、「共産党の秘密党員」とあらぬレッテルを張られたうえ、「首相フライト」を阻止した危険人物として、上層部の彼に対するいじめが始まります。それは、実に長くて過酷な恩地の苦難の序章だったのです。

 

沈まぬ太陽〈三〉御巣鷹山篇 (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈三〉御巣鷹山篇 (新潮文庫)