「個人商店を扱った作品」の第二弾は、本田久作『開ける男 鍵屋・圭介の解けない日常』(ポプラ文庫、2018年)。鍵屋の仕事は、開かない錠を開けること。深夜の依頼も多く、ヤバイ仕事の依頼もまれではありません。鍵屋に持ち込まれるさまざまな依頼と難題に対応するスペシャリストとしての主人公の見事な技術量とモラル力が示されています。鍵屋には、開ける技術とともに、時として開かなくさせる技術も必要なようですね。
[おもしろさ] 依頼する側にも複雑な事情があるようで
錠が壊れたり、鍵を紛失したり、ダイヤル錠の数字を忘れたりといった理由で開けられなくなった金庫やドアなどを解錠してほしい。そのようなごく一般的な依頼だけではありません。警察の強制捜査に同行したヤクザの事務所で鍵を開けたり(圭介は30回ほど経験している)、窃盗犯に呼び出されて、盗みに入った家の金庫を開けさせられたりするなど、鍵屋というお仕事の多様なシーンが浮き彫りに。そして、開けるべき錠と対峙したときのスペシャリストとしての圭介の見識の深さ、問題を解決するまでの具体的な展開のおもしろさ、依頼人が抱えるあれこれと複雑な事情の数々を満喫できる作品になっています。
[あらすじ] モラル上開けることができないケースも
東京・下町の鍵屋「岩崎フーディーニ商会」。二階建てで一階が店舗を兼ねています。同店の従業員である36歳の圭介のモットーは、「世の中に開かない錠はない」。もっとも、技術的には開けることができても、モラル上開けることができないケースも結構あるようです。ある日、強引に入ってきた男たちに「拉致」状態で連れていかれたのは、ヤクザの事務所。そこに置かれていたのは、モスラーという丈夫な金庫。開けるための数字の組み合わせはおよそ1億通り。およそ190年かけて、1億回分試みれば、この金庫は必ず開くという代物です。しかし、圭介が依頼されたのは、「この金庫を当事者にも開けられないようにしてもらいたい」という、なんとも不可思議な要望でした。次に登場するのは、病気で入院しており、意識不明になっている父親の金庫を委任状もなく、開けてほしいという「息子」らしき人物からの解錠の依頼。モラル上の理由で開けられないと答えた圭介に対して、依頼人は拳銃を取り出して、「開けろ。でなければ、お前を殺す」と。ところが、その金庫には、鍵がかかっていなかったのです。