「個人商店を扱った作品」の第三弾は、三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(文春文庫、2009年)。便利屋というお仕事の本質と苦楽が描かれています。庭にある猫の死骸を片づけてほしい。外れてしまった押し入れのつっかえ棒を取り付けてほしい。夜逃げした店子の荷物を処分してほしい。どれもこれも、「そんなことは自分でやれ、と言いたくなるような依頼」ばかり。しかし、そのおかげで、便利屋という職業は成り立っています。第135回直木賞受賞作。2011年4月23日に公開された、大森立嗣監督の映画『まほろ駅前多田便利軒』の原作。瑛太さんと松田龍平さんのW主演でした。テレビドラマ化した『まほろ駅前番外地』と、映画化第二弾『まほろ駅前狂騒曲』は、本書の続編です。
[おもしろさ] 便利屋さんって、こんなこともやるんですね!
入院中の患者への代理での見舞い、門松の取り付け、大掃除、ペットのあずかり、犬の飼い主探し、塾への送迎、洗車や買い物の代行など、本書には、便利屋に持ち込まれる依頼の数々と、それらへの対応のノウハウが詰め込まれています。そして、ごくありふれた依頼であるにもかかわらず、「きな臭い展開」になってしまうところに、この作品のもうひとつの魅力が隠されています。なぜならば、そうした展開を通して、人間関係のよりリアルな姿への模索がなされていくからです。
[あらすじ] 懸命に仕事をこなす多田の傍らで、行天は……
東京都南西部最大の住宅街であるまほろ市(町田市を想像される)。まほろ駅前にある多田便利軒を営む、中年男の多田啓介。正月早々、都立まほろ高校時代の同級生である行天春彦と偶然出会います。仕事も住む場所もお金もない、ちょっと変わった人物である彼が、多田の家に転がり込んできます。どちらかというと、実直で、控えめな多田。対照的に思いついたことをすぐに言葉や行動に表してしまう「直球型人間」の行天。仕事の依頼が入ると、行天もついてくるようになります。しかし、網戸の張り替えをしたり、庭掃除をしたり、ガレージに電灯を設置したりする多田のそばで、行天の方はただボーッとしているのです。たいして役には立たない。でも、仕事のときは律儀についてくるのです。こうして二人のコンビが成立するや否や、ちょっとした仕事の依頼が予想外の展開を生み落していくことに。