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『鉄の楽園』 - 高速鉄道の受注競争に打ち勝つためには、何が必要なのか? 

「鉄道業を扱った作品」の第四弾は、楡周平『鉄の楽園』(新潮社、2019年)。高速鉄道の国際入札で勝利を収めた台湾。ところが、その後の海外における受注競争で、成功したのはインドだけ。ほかの国々では、莫大な資金力をバックに「なんでもありの手段を駆使している」中国の後塵を拝しています。苦戦を強いられているのはなぜか? そうした現状を克服し、受注競争に勝利を収めるには、なにが足らず、またなにが必要なのか? そうした問題を考える場合に大いに参考にできるのが本書なのです。

 

[おもしろさ] 日本の強みを再確認し、他では成し得ないプラスα

「なんでもありだからなあ、中国は。抱かせ、飲ませ、食わせ、そして袖の下だ。数字の上では超大国でも、ビジネスに関しちゃ、やったもん勝ちの途上国のままだし、相手も途上国」。「中国の新幹線は、ほぼ日本の新幹線のコピーといってもいい代物だ。なのに、自国の技術といって恥じないどころか、どこぞの国で高速鉄道の導入計画が持ち上がると、あの手この手で受注獲得に執念を燃やす。しかも、目的は高速鉄道の導入支援をきっかけに、相手国が債務不履行になるのを見越して、自国の影響下に置くことにあるのだから、始末が悪いことこの上ない」。いずれも、高速鉄道の売り込み案件を推進している経済産業省貿易経済協力局通商金融課の官僚が発したセリフです。受注競争で苦戦する日本陣営の悔しさと嘆きを象徴的に表現していると言っても、過言ではありません。では、そうした窮状を打破するには、どのような手立てが考えられるのでしょうか? そこで浮上するのが、「日本の鉄道を取り巻く環境が突出して洗練されている」という現実把握と、他国ではまねができないインセンティブの提示です。もう少し具体的に説明しましょう。日本の鉄道の何が優れているかといえば、時間の正確性、快適さ、清潔さと色々あるけど、駅ビルの機能とか、車内清掃のノウハウとか、運行面だけではなく、鉄道産業全体のあり方が他所の国では考えられないほど、高度に進化しています。それゆえ、線路を敷き、車両を納入し、シテテムを構築するだけで終わせるのではなく、管理はもちろん、駅の機能やサービスをいかに充実させるかを考え、教育し、実践させる人材をも育て上げるという発想が必要なのです。高速鉄道を建設して終わりというだけでは、中国に勝てません。他国にはまねのできないプラスアルファが不可欠なのです。加えて、高速鉄道を導入しようとしている国の発展のために、開設後もどのように最大限の貢献が可能になるのかを明確にすることや、高速鉄道を軸にその国が生まれ変わる基盤を作り出すことが求められます。場合によっては、高速鉄道にこだわらず、現行の在来線を軸にして、駅舎、運行システム、商業施設の充実といった、国情に合致したプランもあり得るという柔軟性が大切です。本書の魅力は、「ハードだけではなく、ソフトも併せて」教育していくという、そのプランを実際にプロジェクトの形に具現化し、作品の中で実現・完成させてしまう点にあります。

 

[あらすじ] 鉄道を軸にした産官学の新しいコラボレーション

鉄道の専門学校として道内の鉄道会社に人材を供給してきた海東学園。北海道南東部、太平洋に面した江原町にある同学園は、過疎化・高齢化のあおりで経営破たん寸前の状態に追い込まれています。かねてより、理事長を務める相川隆明38歳のもとには、リゾート開発を目論む中国企業が30億円で購入したいという話が舞い込み、決断を迫られていました。苦しい中でも「もう少し頑張ってみたい」と考えている隆明。他方、東南アジアの新興国で、高速鉄道導入を計画しているR国における高速鉄道の受注に向け、中国と熾烈な競争を展開している経産省と連携しながら、オルガナイザーとして導入計画を推進しているのが、四葉商事海外インフラ事業部です。価格が安いうえに、財政負担も債務保証も求めないというR国政府には魅力的な条件を中国が提示する公算が大きい。日本サイドは劣勢を強いられています。ただ、同商事のR国駐在員である相川翔平(相川千里の兄)は、R国の資源ビジネスの大半を握っているチャン財閥の総帥ジェームズ・チャンが同国の汚職体質を一掃して近代化を図るべきと考えていることに一抹の期待を持っていたのです。やがて、翔平は、次期首相候補のキャサリン・チャンと面会します。彼女は、R国の王族の血を引くチャン財閥の総帥であるジェームズ・チャンの長女。R国で貧困層の子どもを対象にした夜間の小中学校を、私財を投じて全国で50カ所ほど開設し、しかもこれだと見込んだ子どもに大学への進学を支援する奨学金を提供している人物です。そして、「国を変えるのは教育」という言葉を受けて、四葉商事、海東学園、経産省のコラボレーションを軸にした、前代未聞の一大プロジェクトが展開されていきます。

 

鉄の楽園

鉄の楽園