経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『警備員日記』 - 交通誘導員の世界をリアルに描いた作品! 

クルマを運転していると、道路工事などで片側通行を余儀なくされる場面に出くわすことがよくあります。制服を着て、誘導灯を持った警備員の指示に従って通行していれば、特段、問題が生じるわけではありません。そのため、誘導されている警備員の仕事ぶりにはさほど気を留めずに過ごしてきました。が、そうした交通誘導員を扱ったお仕事小説を読んでからは、少し興味深く観察するようになったのです。今回は、警備会社で働く人たちを扱った二つの作品を紹介したいと思います。

「警備員を扱った作品」の第一弾は、手塚正己『警備員日記』(太田出版、2011年)。著者が警備員として働いた2年間の実体験がベースになっています。酷暑・極寒・降雨のなかでも行われる道路上での作業や人間関係の大変さなど、交通誘導に携わっている警備員の業務内容や苦労がリアルに描かれています。「暑いのにご苦労さまです」。ねぎらいの言葉がどれほどモチベーションを維持するのに貢献するのかがよくわかります。

 

[おもしろさ] 「上から目線」から「同じ高さの目線」へ

暑い日も寒い日も長い時間道路上で働き続け、トイレに行くのもままならないという交通誘導員。そんな人たちに対する一般人のイメージは、必ずしもポジティブなものとは言えないかもしれません。作中の表現を借りましょう。ほとんどの人は、「たいした目的も持たずに、日々のん弁だらりと」過ごしている。「大人なら持ち合わせているはずの初歩的な常識といったものが、抜け落ちている」。本書の特色は、警備員の仕事を明らかにしている点はもちろんのことなのですが、主人公(「私」)の警備員に対する「上から目線」が「師匠」と言われる人物との出会いを通して、「同じ高さの目線」に変わっていく様子を描いている点にあります。「私が高みからそんな彼らを見下していたとすれば、師匠は警備員たちと同じ視線に立っている。愚図な隊員(同僚)であっても、相手の人格を認めたうえで、手助けしたり、褒めたり、叱ったりした。どんな相手であろうが、難しい局面であろうが、いったんは丸呑みにしてから対処した」。

 

[あらすじ] 作家と警備員の二足のわらじを履きながら

ずっと映画の仕事しか知らないで生きてきた私。長編ドキュメンタリー映画戦艦武蔵』を完成させたあと、その誕生から終えん、さらには生き残った将兵たちのその後を描いた本を出版。ところが、受け取った印税額は予想をはるかに下回り、おカネに困ることに。50半ば、これといった特別の技術を持っていなかった私は、「カンケイ株式会社」で警備員としての仕事を見つけたのです。こうして、作家と警備員の二足のわらじを履きながらの悪戦苦闘の毎日が始動。当初は、「自分には作品を作るという大目的がある」「くだらない仕事を承知の上で、仕方なく警備で日銭を稼いでいる。警備員は仮の姿だ」と考えていたこともあり、同じ警備員仲間に対してはどうしても「上から目線」で接していたのです。働いていても、けっして楽しくはありませんでした。いつも「辞めるという口上」をポケットに入れながらの勤務。しかし、師匠と呼ぶことになる人物との出会いを通して、そうした働きぶりが変わっていったのです。

 

警備員日記

警備員日記