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『労働貴族』 - 労働組合を牛耳った権力者が会社の経営を歪める! 

多くの企業において、労働者の雇用・権利を守り、労働条件の改善のために活動する組織として、労働組合があります。産業や職種などで組織される欧米型の労働組合とは異なり、日本では、メインとなるのは企業別労働組合です。そして、企業レベルでは対応できない課題に取り組むために、企業別組合が産業ごとに集まって連合体(単産)を結成。さらには、単産が集まり、全国的組織が作られています。ほかにも、企業・職種・産業の枠にとらわれず、個人単位で加入できる合同労働組合があります。世の中のすべての組織がそうであるように、労働組合もまた、相反するふたつの側面・可能性を持っています。ひとつは、労働組合があるからこそ、経営サイドによる経営権の乱用や理不尽な労働環境から働いている人々の労働条件が健全に守られているという側面。もうひとつは、労働組合運動のリーダーが自らの力を乱用することで、雇用を守り、労働条件の改善を図るという、労働組合の本来の目的から逸脱してしまう可能性です。そこで、今回は、労働組合を素材にした三つの作品を紹介したいと思います。

労働組合を扱った作品」の第一弾は、高杉良労働貴族』(講談社文庫、1986年)です。労働組合のリーダーとしての権力を乱用し、「労働貴族」と化した人物が、いかに会社の経営をゆがめてしまうのかを明らかにした作品。労働組合の本来の目的から逸脱したひとつの典型例と言えるでしょう。かつて「日産のガン」と言われた労組の委員長「塩路一郎」がモデルです。すべての人物が実名で登場。2019年3月に、『落日の轍 小説日産自動車』に改題され、文春文庫として刊行されています。

 

[おもしろさ] かつては目を輝かせた好青年でしたが

本書の魅力は、「塩路天皇」と称されたこの一人の「労働貴族」がどのようにして作られ、いかに会社の経営を歪め、失脚していったのかを描いている点に凝縮されます。若いときの彼は、好青年だったようです。「目をきらきら輝かせて、ものごとに対して、真摯な態度で取り組んでいたし、会社を思う気持ちも強かった」のです。ところが、経営側に過剰に甘やかされ、彼を利用して会社の中で偉くなりたがった人によって、堕落の道を進んでいくことに。絶頂期の彼は、日産の関連会社を含めた23万人の従業員の頂点に立つと同時に、自動車会社を網羅する自動車総連の会長の座を占め絶大な力を保持。自分にたてついた人物を簡単に左遷し、銀座のクラブでは労使担当重役に直立不動で出迎えさせたと言われるほどの権力を行使していたのです。

 

[あらすじ] 歴代社長との持ちつ持たれつに亀裂

戦闘的な組合をつぶすために、川又克二がリーダーシップを取って組織された第二組合(その代表は宮家愈)のなかで、メキメキと頭角を現した塩路。川又、岩越忠恕と二代にわたる社長とは持ちつ持たれつの「蜜月」のような関係を維持していました。ところが、石原俊が社長になると、両者の間には大きな亀裂が。日産が社運を賭けて実施しようとしているイギリス進出の際にも、塩路は、石原の前に大きな壁として立ちはだかります。しかし、1984年1月20日発売の『フォーカス』誌上で豪華ヨットに若い女性を乗せている姿が暴露。それを契機に失脚することになってしまうのです。

 

労働貴族 (講談社文庫)

労働貴族 (講談社文庫)

 
落日の轍 小説日産自動車 (文春文庫)

落日の轍 小説日産自動車 (文春文庫)