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『青空』 - すさまじいパワハラに苛まれた人の「最後の砦」

労働組合を扱った作品」の第二弾は、井上文夫『青空』(新日本出版社、2016年)。上司たちのすさまじい「いじめ」や「パワハラ」に苦しみながらも、懸命に働き続けようとする、契約制客室乗務員の能見葉月。そんな彼女に「助け舟」を出したのは、圧倒的多数が加入している従業員組合ではなく、N航空にあるもうひとつの労働組合「キャビンユニオン」でした。このキャビンユニオンとの出会いと支えによって、自分をとり戻していく過程が描かれています。航空会社の客室乗務員の業務内容がよく理解できる本でもあります。

 

[おもしろさ] 苦手なことはお世辞とご機嫌取り

能見葉月は、子どもの頃から「はきはきした子」で、「分け隔てをしないから、いつの間にかクラスのリーダー的な存在」でした。また、人一倍の頑張り屋さん。真っ正直が取り柄で、うまくお世辞を言ったりご機嫌を取ったりするのが苦手だったのです。だからこそ、いじめ・パワハラの対象になったということができます。それは、N航空という会社の体質に起因しているのです。この本の特色は、上司や先輩の客室乗務員による新米の客室乗務員に対するいじめの実態が実に克明に描かれている点にあります。また、「キャビンユニオン」という労働組合によって救われていく姿がリアルに浮き彫りにされていくところも、もうひとつの特色と言えるでしょう。

 

[あらすじ] パワハラ被害者の心情を親身に聞いてくれたのは? 

「そんな初歩的なこともまだ分かっていないの」「プライドばかり高くて謙虚じゃない」「可愛げがないのよ」「客室乗務員としての適性がないんじゃないかしら」。8ケ月前の2008年5月、N航空の入社試験に合格し、訓練期間を経て、契約制客室乗務員として働き始めた能見葉月。先任の滝本英子からは、乗務の度にそのような言葉を浴びせられています。なにか気の利いたことを話さねばと思いながらも、焦るばかりで、最初の一言が浮かばないのです。苦しみ続ける葉月。ただ、そのきっかけは、客室乗務員として働き始めたときに遡ります。会社に敵対的なキャビンユニオンではなく、従業員組合への加盟を誘導する塩地征一(総務部係長で労務管理を担当)。その言葉を受け、葉月以外はすべて機械的に順応して従業員組合の加入届を提出。しかし、彼女は、労働組合がどういうものか全く知らず、自分の目で確かめてから加入しても遅くはないだろうと判断。部屋を出ると、塩路が追いかけてきて、鋭い目つきで言い捨てました。「君は僕の言うことに従わないつもりか。もし、従業員組合の加入届に名前を書かなければ大変なことになるぞ」と。上司を巻き込んだパワハラは、一層過激になっていきます。頼りにしていた同僚にも背を向けられるようになります。やがて、辞職することを促された葉月。しかし、「上司の圧力に屈して辞めることには、納得がいかない」と考えます。付き合っている良介のアドバイスを受けて、面談の際の会話を録音することに。残酷の域に達するようになるパワハラを受け続けてきた葉月の悩みを親身になって聞いてくれたのは、恋人の良介とキャビンユニオンだったのです。

 

青空

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  • 作者:井上 文夫
  • 発売日: 2016/09/06
  • メディア: 単行本