経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『一瞬の寵児』 - バブルに踊らされたある人物の生き様

新型コロナウイルスで揺れた2020年。株価も値動きの激しい一年でした。12月30日に最後の取引を終えた東京証券取引所日経平均終値は2万7444円17銭(前日比123円98銭安)でした。年末の株価としては、1989年の3万8915円以来の高値となりました。史上最高値となるその数値は、株価や地価が暴騰したバブル期(1986~1991年)と称された時代のシンボルとなっています。では、バブル期とは、いったいどのような時代だったのでしょうか? その時代に肉薄したおもしろい経済小説は、たくさん刊行されました。例えば、①5年間でなんと2兆7700億円ものお金を借りた「料亭の女将」尾上縫をモデルにした清水一行『女帝』(朝日新聞社、1993年)、②イトマン事件をモデルにした大下英治『銀行喰い』(光文社文庫、1998年)、③「バブルもバブル崩壊アメリカが仕組んだ」という仮説に基づいて書かれた石川好『錬金』(新潮社、1998年)、④銀行がバブルに巻き込まれていくプロセスを描いた北沢栄『バベルの階段』(総合法令、1994年)、⑤バブリーな株価上昇を演出するための「シナリオ」を浮き彫りにした水沢溪『巨大証券の犯罪 第2部ウォーターフロント作戦』(健友館、1989年)などを挙げることができるでしょう(残念ながら、中古本でしか入手できないものばかりなのですが)。今回は、その時代を扱った三つの作品を紹介したいと思います。一世を風靡し、「バブル紳士」・「怪人」・「寵児」と呼ばれた人たちや、バブル期が醸し出した「熱狂」「狂乱」「空気感」が描かれています。

「バブルの時代を扱った作品」の第一弾は、清水一行『一瞬の寵児』(角川文庫、1996年)です。バブルの絶頂期に5000億円の財をなした不動産業界のある人物の半生が描かれています。桃源社の佐佐木吉之助を連想させる人物を通して、バブル経済の発生→展開→終焉の全プロセスを浮き彫りにした名作です。

 

[おもしろさ] 悪びれもせず、堂々と大蔵省の金融政策を批判! 

バブル崩壊後の1996年。住宅専門金融会社(住専)の処理策をめぐる国会審議の際、住専から金を借りて返せなくなった大阪と東京の二人の不動産業者に対する証人喚問が実施されました。そのとき、大阪の末野興産社長の末野謙一とともに出席したのが、第六位の大口融資先である東京の桃源社の佐佐木吉之助でした。口先では「申し訳ない」と頭を下げた末野とは対照的に、佐佐木の方は、悪びれもせず、堂々と大蔵省の金融政策を批判したのです。本書のおもしろさは、そんな佐佐木吉之助をモデルにして、住専問題に象徴されるバブル経済の本質を描いている点にあります。「不動産に金を貸すな、貸した金は返させろ」。ある日当然、そのように乱暴なことを言い出したら、どんな事業でも破綻してしまいますよ! 

 

[あらすじ] 「不動産への新規投資を凍結せよ」という総量規制

貧しい少年時代を経験した山中甲平は、裕福な北原家の養子となり、医者になります。1963年、当時としては非常に珍しい成人病の予防を目的とした、高級な雰囲気の「人間ドック専門の北原クリニック」を都心で開業。マネージャーとなったのが、義理の従妹に当たる小泉通子でした。のちに北原の妻となり、ビジネス・パートナーになる女性です。クリニックの方は順調に運営。ところが、「医者より儲かりそうだ」と思った北原は、不動産業に手を染めることに。71年、日の出信託銀行の資金を活用して、北原開発を創業。通子の考えもあり、80年頃までは賃貸ビルを中心に手堅い商売を展開。が、不動産業者としてのステータスシンボルとも言える高級賃貸マンションに参入し始めます。デベロッパーへの脱皮です。そして、バブルの絶頂期には高騰した地価を背景に、5000億円の不動産を有する「日本第三位の資産家」と評されるようになっていきます。しかし、90年3月、「不動産への新規投資を凍結せよ」という、総量規制を発動する日銀総裁の声で、銀行は貸し渋りを開始。代わって、規制から外れた住専やノン・バンク(預金業務を伴わない金融会社)が一気に業績を伸ばします。北原開発の銀行取引も、三分の二が住専各社に振り返られていったのです。住専やノン・バンクの資金源は銀行。当然金利が高くなります。そのうえ、総量規制の効果はてき面でした。地価はどんどん低下し始めたのです。その結果、不動産業の経営環境は一挙に悪化。住専から借り入れた元本・利息の返済は滞り、巨額の不良債権が発生することに。

 

一瞬の寵児(ちょうじ) (光文社文庫)

一瞬の寵児(ちょうじ) (光文社文庫)