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『小説日銀管理』 - 存亡の危機に陥ったトヨタ自動車の苦境

いま、ガソリンから電気・燃料電池などへのパラダイムシフトが進行しているクルマの世界。近未来には、自動運転で走行する電気自動車がごく普通の風景の一部になっていることでしょう。過去をさかのぼれば、ガソリン自動車から次世代自動車への転換は、21世紀(三番目)のパラダイムシフト(先進国、新興国、途上国の一部が主戦場)に当たります。それに対して、19世紀(一番目)のパラダイムシフトは、「馬車から自動車への転換」(18世紀末から20世紀初めの欧米が舞台)、20世紀(二番目)のパラダイムシフトは、「一品注文方式から大量生産への転換」(1920年代~30年代のアメリカと1960年代~70年代のヨーロッパ・日本が舞台)と言うことができます(堺憲一『だんぜんおもしろいクルマの歴史』NTT出版、2013年より)。こと、日本に関しては、第二次大戦直後まで、自動車は多くの国民にとってまさに「高嶺の花」でした。ところが、そうした状態は戦後の時代の流れのなかで大きく変化。自動車の大衆化が進行し、いまでは次世代自動車への転換を目の当たりにできるほどになっています。今回は、そうした自動車の歴史を回顧できる作品を三回に分けて紹介したいと思います。

ちなみに、自動車を扱った経済小説として、清水一行さんが、古典的著作と言える作品をいくつか出版されています。いまでも中古本としては入手できますので、記しておきましょう。①『器に非ず』(角川文庫、1994年。ホンダの創業社長である本田宗一郎のもとで「理想のナンバー2」と言われた藤沢武夫がモデル)、②『巨大企業』(角川文庫、1995年。「マイカー元年」と呼ばれた1966年、日産のサニーとトヨタカローラによる販売合戦の舞台裏がモデルに)、③『系列』(集英社文庫、1995年。組立メーカー=親会社が生殺与奪の権を握っている系列下の部品メーカー=子会社の悲哀が描写)、④『世襲企業』(集英社文庫、1993年。トラックメーカーから脱皮を図ろうとして、ロータリーエンジンの開発に挑んだ東洋工業[現マツダ]がモデル)。興味のある方は、ご参照ください。

「戦後自動車史を扱った作品」の第一弾は、本所次郎『小説 日銀管理』(光文社文庫、1996年)。戦後まもなくの「ドッジ不況」の渦中、深刻な経営危機に陥ったトヨタ自動車。同社を救ったのは朝鮮特需。一般的には、そのように説明されています。が、果たして、それだけだったのでしょうか? なぜ日銀の一万田尚登総裁は、トヨタに手を差し伸べたのでしょうか? というのは、彼は、自動車はアメリカから輸入すればよいので、日本に自動車産業など要らないと考えていた人物だったからです。トヨタの苦境をリアルに再現した本書。戦争直後のトヨタ自動車をめぐるそうした「謎」の一端にも肉薄できるコンテンツになっています。小説のなかでは、トヨタ自工はアイチ自工、豊田喜一郎は愛知佐一郎、石田退三は石山又造、一万田尚登は池田登として登場します。

 

[おもしろさ] ストーリーの70%は事実

存亡の危機に陥ったトヨタがいかなる苦境をさまよったのか、どのようにして危機を克服しようとしたのか、さらに15年後におけるプリンス自動車ニッサンの合併劇にはどのような裏事情があったのか…。本書の魅力は、そうした数々の疑問を「ストーリーの70%は事実」と述べた著者の本所次郎があたかも「ミステリー小説」のように解き明かしてくれる点にあります。

 

[あらすじ] トヨタの危機を救ったのは! 

ドッジ不況」のさなか、全国の倒産件数はウナギのぼりになっていました。売れないトラックの在庫を大量に抱えていたトヨタ自動車も、深刻な経営危機に直面。傾斜生産方式の順位にも上がっていない自動車メーカーへの融資は、どの銀行も尻込みするものだったのです。社長の豊田喜一郎と副社長の石田退三は、メインバンクである東海銀行三井銀行住友銀行に融資を申し込みます。東海と三井は協力的でした。ところが、住友銀行の融資担当常務堀田庄三と名古屋支店長の小川邦彦の態度は冷淡だったのです。思いあまった二人は日銀名古屋支店に駆け込みます。支店長の高梨壮夫は、「法皇」と呼ばれていた総裁の一万田尚登に直訴。日本における自動車産業の将来に否定的な見解を有していたと思われていた一万田尚登は、「予期に反して」、トヨタの救済を支援することになります。なぜか? 実は、高梨が一万田に「愛人」を世話したということによって、両者の間には強い絆が存在。そのため、一万田は高梨の申し出を飲むことになったからでした。トヨタの危機を救ったのは、なんと一人の女性の存在だったのです! 日銀の管理下におかれたトヨタは、販売部門を分離させられ、人員整理に伴う激しい労使紛争を経験。しかし、数千台のトラックを受注することになる朝鮮特需のおかげで、トヨタの業績は回復することに。藤原作弥さんの解説を踏まえてストーリーを紹介すると、以上のようになります。

 

小説 日銀管理 (光文社文庫)

小説 日銀管理 (光文社文庫)

  • 作者:本所 次郎
  • 発売日: 1996/06/01
  • メディア: 文庫
 
だんぜんおもしろいクルマの歴史

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  • 作者:堺 憲一
  • 発売日: 2013/03/23
  • メディア: 単行本
 
器に非ず (集英社文庫)

器に非ず (集英社文庫)

  • 作者:清水 一行
  • 発売日: 1998/01/20
  • メディア: 文庫
 
巨大企業 (角川文庫)

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系列―長篇企業小説 (徳間文庫 (し3-105))

系列―長篇企業小説 (徳間文庫 (し3-105))

  • 作者:清水 一行
  • 発売日: 2006/07/15
  • メディア: 文庫
 
系列 (角川文庫)

系列 (角川文庫)

 
世襲企業 (光文社文庫)

世襲企業 (光文社文庫)

  • 作者:清水 一行
  • 発売日: 2005/10/12
  • メディア: 文庫