働いて稼いだおカネ。その一部は、生活に必要なモノやサービスの購入や税金の支払いなどに充てられます。金融機関に預けられたり、株式などに投資されたりすることもありえます。ごく普通に生活する人にとっては、通常のおカネの流れとは、そういうものだと言えるでしょう。しかし、生業(なりわい)=ビジネスの中身が表沙汰にはできない場合には、おカネも、記録に残ってしまう一般の金融機関を経由するのではなく、裏ルート経由で動いていくことになります。さらには、納税額が極めて高額になる場合、税金を免れたい、もしくは可能な限り安く済ませたいという思い・衝動は強くなります。そこで浮上するのが、マネーロンダリング=資金洗浄です。これは法律に触れますので、実行する人たち・業者は、知恵を絞って、極秘のルートを作りおカネを動かしていきます。今回は、マネーロンダリングを素材にした作品を三回にわたって紹介します。
「マネーロンダリングを扱った作品」の第一弾は、橘玲『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫、2003年)。舞台は香港。おカネを増やす、税金を免れる、税金を安く済ませるなど、おカネに関するなんでも相談をビジネスにしている「ファイナンシャル・アドバイザー」(FA)が主人公。外貨貯金をはじめ、合法的に税金を払わないようにする方法もいろいろ出てきます。国際的なおカネの仕組みがよく分かる本でもあります。
[おもしろさ] グローバルな目線で資産運用を考える
経済のグローバル化が進むなか、世界の国々で、貧富の二極化が進行しています。実のところ日本では、自宅以外の純資産が100万ドルを超える富裕層が百数十万人もいるそうです。そして、富裕層の増加と並行して、海外のタックス・ヘイブン(租税回避地)や銀行の秘密口座を悪用した脱税も横行。脱税の抜け道をふさぐため、取り締まりの強化と並んで、国際的な連携が大きな課題になっています。本書のバックボーンには、そうした環境下でグローバルな視点を持ち、資産運用を考えていくことへの興味・関心があります。また、若くして大金をつかんだ男が陥る虚無感や、日本の金融機関に勤めている人たちの金融感覚・知識の低さ、なによりも見栄とメンツを重んじる香港人の気質など、興味深い話が満載です。「誰もが人生をやり直すことができるわけじゃない。だが、努力することは誰でもできる」という巻末の言葉が印象的です。
[あらすじ] 香港在住のもぐりの「FA」
工藤秋生(34歳)という偽名を使う、香港在住のもぐりの「ファイナンシャル・アドバイザー」。資産運用や節税の相談事はもちろん、香港の銀行に新規口座を開設したいので、サポートしてほしいといった依頼や、合法的に税金を払わなくてもいいようにするにはどうすればいいのかといった、日本人からの相談が次から次へと持ち込まれます。というのも、国境を超えることで、税金を免れることができるからです。簡単な話、「日本国内の金融機関で外貨預金をすると、問答無用で、利子に対して20パーセントが源泉徴収課税される。海外の金融機関ならこうした源泉徴収はない……。複利で増えていくと数年で大きな差がつく」のです。若き日に大金をつかんだことで虚無感を知り、やりたいことが見出せなくなってしまった男ですが、グローバルな目線でおカネを考える力は半端ではありません。ある日のこと、香港にやってきた美貌の若林麗子から「婚約者の会社の口座から5億円を海外に送金し、経費ないしは損金として処理」してほしいという依頼を受けます。よく考えたうえで、合法的な範囲内でのやり方を指南。ところが、4ケ月後、麗子は、5億円ではなく、50億円のおカネとともに行方をくらましてしまいます。