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『新天地』 - 海を越えて夢を追おうとした技術者が遭遇した現実

「電機産業を扱った作品」の第四弾は、江波戸哲夫『新天地』(講談社、2017年)。景気後退に伴い、それまで行ってきた技術開発の夢が断たれた日本人技術者は、夢を実現させるため、発展が著しい韓国メーカーの誘いに乗り、韓国で働くことを決意します。そんな技術者が、社内の反発、経済風土の違いなどにより、大いに苦しめられる様子が描かれています。

 

[おもしろさ] 日韓間の企業風土や国民感情の違い

日本では何度も技術開発をやろうと提案しても断られ続け、もはや、やる可能性がなくなったものをライバルとなる韓国メーカーでやろうと考えた技術者。本書の特色は、韓国で夢の実現に努力する日本人技術者の苦悩というメインストーリ―を楽しみながら、日本とは大いに異なる韓国の企業風土や国民感情の違いに触れることができる点にあります。例えば、①日本人・外国人も、韓国企業では韓国名を与えられる。②開発には、途方もないトライ・アンド・エラーの積み重ねという辛抱が必要なのだが、韓国人はこの種の辛抱が苦手。③どこに行っても、SKYと言われるソウル大学高麗大学延世大学の出身者が幅を利かせている。④「一人で食事をすることを嫌う文化」。⑤手酌は、運が逃げると言われ、ご法度である。⑥けんかのような激しいやり取りも、韓国では日常茶飯事。

 

[あらすじ] もし「見えないガラス」が完成すれば……

「技術開発こそ太平電機の生命線だ」という創業者であり、太平グループの会長である松居任之助の言葉を胸に新技術の研究に没頭してきた真崎直人。景気後退によって、「ゼロ反射フィルム」をベースに「見えないガラス」を完成させるという自分自身の夢の実現をあきらめざるを得なくなった彼は、10年前、韓国メーカーであるトムソン化学の誘いに乗って単身赴任しました。「見えないガラス」が完成すれば、「これまで誰も住んだことのない家も造れれば、これまで人類が見たことのない都市空間もできる。透明の家具も家電も夢ではなくなる。いや今のわれわれにはとうてい想像の及ばない世界が出現する」からです。しかし、そうした真崎の思惑とは異なって、低反射フィルムを太平電機などの日本メーカーから購入しているトムソン化学側は、そうした究極の目標の追求というよりは、その分のコスト削減を図りたいと考えているにすぎなかったのです。トムソン化学では、パク・ミンギという韓国名を与えられた彼の業務は、日本では実現済みの「低反射フィルム」の開発でした。ところが、プライドだけが高いチャン・ソンミンの高圧的な態度、言葉の壁、アンチ日本人技術者という周囲の感情、社内での反発、日韓企業の経営風土や仕事のやり方の違いなどで次第に追い詰められ、苦悩の日々を送ることに。しかも、当初の低反射フィルムの開発のめどが立つと、スキャンダルをねつ造されて、窮地に陥ります。

 

新天地

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