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『小説スーパーマーケット』 - 知られざるスーパー業界の内幕

食料品をはじめ、生活に必要なさまざまな品物をワンストップで、しかも手ごろな価格で買い求めることができる小売店と言えば、多くの人はスーパーマーケットを思い浮かべるのではないでしょうか? アメリカでは、1930年頃に早くも出現しているのですが、日本におけるスーパーの登場は、1957年を待たなければなりません。当時は、高度成長の真っただ中、モノが大量に作られる大量生産方式が定着した時期でした。ところが、小売業は、依然として対面商法のまま。それゆえ、大量生産に見合った「大量流通・販売方式をベースにした小売業=スーパー」の出現は、まさに時代の要請だったのです。「流通革命」と称された、その流れを主導する役割を果たしたのは、ダイエーでした。同社は、創業15年目の1972年、三越を抜いて小売業の首位の座を占めることとなります。こうして日本社会に定着したスーパーは、いくつもの紆余変転を経験しつつも、小売業の重要な一角として現在に至っているのです。今回は、スーパーを素材にした作品を三回にわたって紹介したいと思います。

「スーパーを扱った作品」の第一弾は、安土敏『小説スーパーマーケット』(上下巻、講談社文庫、1984年)。スーパーを描いた経済小説の古典的名著です。著者の本名は荒井伸也。住友商事を経て、子会社のサミットストアに出向し、専務からのちに社長になる人物です。1996年に公開された伊丹十三脚本・監督の映画『スーパーの女』(出演者は、宮本信子さん、津川雅彦さん)の原作にもなっています。

 

[おもしろさ] 「スーパーの現代化」の過程で不可避となる相克

大量仕入れ・セルフサービス方式の採用などをテコにして「安売り」商法を展開してきたスーパー業界。高度成長(1955~73年)末期以降、黎明期に特有な荒削りのやり方から脱し、徐々に洗練された方式を整備していきました。そうした変化は、「直感による商売」から「データ分析・経営組織による商売」への移行に、さらに言えば「職人が幅を利かす世界」であった生鮮食品部門における科学的管理法の採用を通した、職人の包丁さばきに左右されない生鮮食品の管理システムの構築にありました。しかし、それらの実現には、「数々の恐るべき悪意や妨害」が立ちはだかったのです。本書の魅力は、「スーパーの現代化」のために不可避となる、そうした妨害の数々とそれらを克服していこうとするアクションが登場人物による「生の言葉や表情」によって浮き彫りにされている点に凝縮されています。

 

[あらすじ] 「直感による商売」「職人依存の商売」からの離脱

1969年、大手の西和銀行に勤務していたエリート社員の香嶋良介。大企業に特有の雰囲気に嫌気をさしていた彼は、ある地方で中堅スーパーの石栄ストア専務で、従弟にあたる石狩成二郎の要請に応え、同社に将来の後継者含みで入社します。石栄ストアを実質的に切り盛りしていたのは、常務の伊地村寿一。「現実に起こっている具体的な問題を認識し解決していく能力」が欠けていた専務に代わり、伊地村のリーダーシップのもと、利益は膨らみ、今や十店舗を構えるほどに成長していたのです。しかし、成二郎の評価するところ、彼は確かに「商売の勘」には長けていたものの、必ずしも経営者に適任とは言えませんでした。それは、データや調査に基づいて結論を引き出すという手法ではなく、専ら感覚的な判断がベースになっていたからです。当初、従業員は経営者の一族である香嶋取締役にあまり良い印象を持ちませんでした。しかし、香嶋が持ち前の向上心と粘り強さを発揮し、仕事に邁進し始めると、一部の従業員のなかで、彼を支持する動きが熟成されていきます。

 

小説スーパーマーケット(上) (講談社文庫)

小説スーパーマーケット(上) (講談社文庫)

 
小説スーパーマーケット(下) (講談社文庫)

小説スーパーマーケット(下) (講談社文庫)