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『バルス』 - 非正規労働者に依存する雇用制度の「危うさ」

総務省の「労働力調査」によると、2018年における非正規雇用者数は2165万人。比率は38.3%になっています。非正規雇用には、嘱託社員、期間従事者、パートタイム労働者、派遣労働者、請負労働者などが含まれます。彼らの大半は、自らの意志や希望に合う形で雇用が継続されるかどうかに対する不安を常に抱えながら、低賃金・使い捨てが常態化している厳しい労働環境の下で働いています。今後、非正規労働者のウエイトは、ますます増えていくことが予想されているのですが、それでよいのでしょうか? たとえ個々の企業にとってはプラスの効果があったとしても、日本経済というマクロの視点で見ると、経済的に充実した将来を見通しにくい国民層の拡大や購買力の低下といった形でのマイナス効果が懸念されるのです。そこで、今回は、非正規労働者を素材にした作品を三回にわたって紹介したいと思います。

非正規労働者を扱った作品」の第一弾は、楡周平バルス』(講談社、2018年)。ネット通販会社の物流センターを舞台に、そこで働く派遣労働者の過酷な現実と、非正規に依存する現在の雇用制度が将来の日本経済に与える「負の影響」が描写されています。

 

[おもしろさ] 非正規の待遇改善の道とは! 

便利になったものです。欲しいと思ったモノは、店に行かなくても、ネットで注文すれば、翌日には宅配業者が届けてくれます。しかし、そうした便利さを支えているシステムには、「危うさ」がつきまとっていることもまた事実。運送業界であれネット通販業界であれ、現場労働者の圧倒的部分は、派遣労働者・アルバイト・パートなどのいわゆる非正規労働者によって担われています。彼らの時給はほぼ一定。何年働いても、収入は大きく増えません。将来に向けての夢をほとんど持てないケースが多々あります。そうした現実は、社会への不信感を増幅する一方で、消費の減退や次世代を担う人間を育ちにくくさせるという形で日本の将来を危うくさせていくのです。他方、宅配便の内容がまったくチェックされていないことにも、大きなリスクがあります。発火物を荷物の中に簡単に忍ばせることもできるからです。そうした危うさが露呈すると、モノや人の流れが止まり、便利な社会の仕組みが一挙に崩壊しかねないほどのパニックを引き起こしかねません。作中でも、テロが勃発します。犯行声明には、バルスという名前が……。バルスの行動と問題提起は、単なるテロリストのあがきで終わるのか、それとも人々を巻き込み、日本の活性化を促す起爆剤になりうるのか? 本書の特色は、そうしたストーリー展開のなかで非正規労働者に依存する通販業界のぜい弱性とリスク、さらには非正規労働者の待遇を改善するための施策が明示されている点にあります。

 

[あらすじ] テロによって、ネット通販のぜい弱性が露呈

主人公の百瀬陽一は、就職浪人をしながら、世界最大のネット通販会社「スロット・ジャパン」の物流センターでアルバイトを開始。過酷な労働現場と対峙するなかで、働いている人を酷使するスロットに対する疑問が大きく広がっていくことに。そして、スロットに大きな打撃を与えるやり方を高校時代の同級生につい話してしまうのですが、陽一が話した通りのテロが勃発します。

 

バルス (講談社文庫)

バルス (講談社文庫)