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『いのちの停車場』 - 在宅医療の最前線! 

安楽死。「人または動物に苦痛を与えることなく死に至らしめること」です。それは、致死性の薬物の服用か投与で死に至らしめる「積極的安楽死」と、救命などのための治療を行わない、もしくは中断することで死に至らしめる「消極的安楽死」に大別されます。少数ではありますが、すでに積極的安楽死が法律で認められている国があります。オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、カナダ、コロンビア、ニュージーランドなどです。しかし、日本では、他人による積極的安楽死は、法律で容認されていません。それに加担した場合、基本的には刑法上嘱託殺人罪などの対象となります。とはいえ、回復する見込みがまったくないにもかかわらず、壮絶な痛みや息苦しさに耐えながら、人生最後の日々を過ごしている終末期の患者が大変多いのも事実です。それゆえ、「早く死にたい」と願っても、その希望がかなえられない現実を前にして、多くの国で、安楽死の合法化に関するさまざまな議論が繰り返されています。今回は、安楽死をめぐる患者、家族、医師などの葛藤を描いた三冊の小説を通してそのあたりの事情を考えてみたいと思います。

安楽死を扱った作品」の第一弾は、南杏子『いのちの停車場』(幻冬舎、2020年)。在宅医療の大切さと難しさとともに、その最前線の状況を浮き彫りにした作品です。積極的安楽死を求める父の願望を目の当たりにして苦悩する女性医師・白石咲和子の姿が描かれています。著者は現役の医師。2021年5月21日に公開された映画『いのちの停車場』の原作。出演者は、吉永小百合さん、松坂桃李さん、広瀬すずさん。

 

[おもしろさ] 自らの最後は自分で決めたい! 

在宅医療とは、病気やケガ、障害などの理由で病院や診療所に通うことが難しい患者に対して、医師が自宅や施設を訪問し、継続的な治療を行う医療のことです。定期的な「訪問診療」を軸に据え、臨時に医師が赴く「往診」を組み合わせて行われます。外来・通院、入院に次いで、「第三の医療」と呼ばれています。本書の魅力は、症状・要望・状況がまったく異なった患者が数名登場し、それぞれに合致した治療の形を最大限追究する「在宅治療専門医とそのチーム」の姿がリアルに描かれている点にあります。また、父親の最後の願いと対峙する女医の心中の描写は、読みごたえがあります。「咲和子、これは私の本懐だ。痛みで妄言を弄し、のたうちまわるのは耐えられない。みずからをここまでと決めたい」。一般的に「人が死に至るプロセス」の叙述にも興味がそそられます。

 

[あらすじ] 回り始めた在宅医療のチームプレイ

東京にある城北医科大学病院の救命救急センターで、副センター長を務める白石咲和子62歳。若手に負けない仕事ぶりを見せつけているものの、ふと気が付けば、周囲で働いているのは自分よりもはるかに若い医師ばかりです。ある事件の責任を取って、実家のある金沢に帰郷した咲和子。母は5年前に亡くなり、一人暮らしをしていた87歳の父(もともと加賀大学医学部附属病院の神経内科医だった)と同居。やがて、在宅医療を行っている「まほろば診療所」の院長・仙川徹の依頼に応じて、今度は在宅医療の専門医として再び働き始めます。そして、看護師の星野麻世、東京から咲和子を追いかけてやってきた医大卒業生の野呂聖二(医師国家試験に落ちて浪人中の身)とともにひとつのチームを組んで、さまざまな事情で在宅医療を選択した患者とその家族と向き合います。「徹底的に生きたい人には、最新医学も視野に入れた手段で治療する。その一方で、苦しくない終末期の日々を支えるケアも行う。患者に合わせて、自由度の高い対応ができるのがまほろば診療所の在宅医療」なのです。