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『終の盟約』 - 「もし認知症になったら、安楽死を」

安楽死を扱った作品」の第二弾は、楡周平『終の盟約』(講談社、2013年)です。メインテーマは認知症安楽死認知症になった父の突然死のうらに隠された「真実」とは? それに迫ろうとする内科医の兄と弁護士の弟。たどり着いたのは、医師同士による、「もし認知症になったら、安楽死を」という「盟約」の存在でした。もし認知症になった親が安楽死を望んだら、どうすればよいのでしょうか? 

 

[おもしろさ] 「早く逝きたい」VS「長く生きてほしい」

認知症と診断された患者とその家族の心中がリアルに浮き彫りにされています。「このような姿で生き続けたくはない」「一刻も早く人生を終わりにしたい」「家族に迷惑をかけたくない」というのが、終末期患者の切実な思い。それに対する家族の受け止め方はやや複雑です。「一日でも長く生きてほしい」「誰かが介護しなきゃならない」と思う反面、「苦しんでいる姿を見るのはつらい」「もういい加減にしてくれ」「お願いだから、この状況から解放してくれ」「密かに父に死が与えられることを願っていた」といった多くの思いが渦巻くのです。互いに相手を大切に思っていればいるほど、本人の意思と家族の意思にズレが生じてきます。ときには、「一日でも早く逝きたい」と「一日でも長く生きてほしい」という正反対の思いが生まれてくることも。この本を通して、だれしもいつの日か訪れるかもしれないこの「両者の意思のズレ」と向き合い、さらには、「納得のいく死は存在しない」「死に方は選べない」という「真実」を突き付けられることでしょう! 

 

[あらすじ] あまりにも急な死に疑惑を抱く者が

糖尿病治療を専門としている開業医の藤岡輝彦55歳。父の久82歳も、かつて内科のクリニックを開業していた医師でした。久は、温厚で、世事に長け、話題も豊富。服装にも気を使う洒落者で、絵を描くのが唯一の趣味でした。ところが、3年前に母が亡くなってから、気力が衰え、二世帯住宅の自室でこもりきりの生活になり、服装にも乱れが生じていました。そして、「同じことを何度も、それも延々と話す」ように変わっていたのです。ある日のこと、輝彦は、妻・慶子の絶叫で跳ね起きます。「感情というものが一切窺えない眼差し」の久が、彼女の入浴をのぞき見していたのです。久のアトリエに行くと、妻をモデルにした裸婦と男女の性交ばかりが描かれたカンバスで埋め尽くされていました。久が認知症だと確信した輝彦。父の大学の後輩で、老人内科の専門医である宅間智大に託されていた、久の事前指示書を知ることとなります。認知症になったら宅間先生に相談し、しかるべき病院を紹介してもらえ、そして、「延命治療は一切拒否する」というのが、父の指示した内容でした。こうして、久は自身の旧友・馬渕が経営する杉並中央病院に入院。レビー小体型の認知症であることが判明します。輝彦は、弱者の側に寄り添う弁護士をしている弟の真也にも、事情を説明。長い介護生活を覚悟した輝彦でしたが、予期に反して久は突然死することに。死因は心不全。しかしながら、あまりにも急な久の死に疑惑を抱く者があらわれます。そして、事態は思わぬ方向に急展開していきます。