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『労働Gメンが来る!』 - 彼らの「生の声・思い・表情」が浮き彫りに

昨今、大きくクローズアップされている国家的課題の一つに「働き方改革」があります。厚生労働省の定義にしたがえば、それは「働く人びとが個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を自分で選択できるようにするための改革」とされています。背景にあるのは、少子・高齢化に伴う労働人口の減少にほかなりません。改革の柱として想定されているのは、①長時間労働の解消、②非正規と正社員の格差是正、③高齢者の就労促進の三点。そうした流れを促す対策が採られています。しかし、雇用主や労働者の労働法に関する意識や関心は必ずしも高くなっているわけではありません。多くの場合、人づてに聞いた断片的な情報だけで働いたり、雇ったりしているのです。実際、各地の労働基準監督局には、賃金の未払いや労働災害など、実にさまざまな相談や告発が寄せられているようです。そうした「声」を受けて、働く人たちの待遇の改善に尽力するのが、労働基準監督官(=「労働Gメン」)の役割なのです。今回は、労働基準監督官を扱った作品を二つ紹介するなかで、彼らの仕事内容・悩み・喜びに迫ってみたいと思います。

「労働基準監督官を扱った作品」の第一弾は、上野歩『労働Gメンが来る!』(光文社文庫、2021年)。労働基準監督官という仕事ぶりがリアルに描写されています。どのような言葉遣い・態度・息遣いで事業者と接触し、問題の核心を見出していくのか、そして、どのように是正していくのか。そのあたりの事情がよくわかります。

 

[おもしろさ] 杓子定規なやり方ではうまくいかない! 

監督官が「事業場=監督先」の労働条件などを確認し、指導を行うことは「監督」と呼ばれています。監督には、直接訪問して行う「臨検監督」、呼び出して調べる「呼出監督」、たくさんの会社を集めて調査を行う「集合監督」があります。臨検監督では、監督官は、原則予告なしに事業場を訪れます。そして、法違反事項を発見すれば、「是正勧告書と指導書を交付し、改善を求める」ことになります。また、在庁当番として、労働基準法等違反の申告相談窓口で、相談に携わることなども業務のひとつとなっています。申告とは、労働基準法などに違反し、労働者の権利が損なわれ、その権利の救済を求める労働者の申し立てを受けることです。労働基準監督官の最も主要な業務は、以上のようなものになります。が、実際の業務を遂行するにあたっては、判断が非常に難しいさまざまな難題が浮かび上がってきます。現実の「違反」に対する対応は、杓子定規なやり方が通用するほど簡単ではありません。あの手この手の手法を駆使しながら実効性のある道筋をつけていくには、想像以上の努力と工夫が不可欠なのです。本書の魅力は、そうした業務を遂行する労働基準監督官の「生の声・思い・表情・痛み」が浮き彫りにされている点に集約されています。

 

[あらすじ] 労働基準監督官としての清乃の成長物語

四国・松山出身の清野清乃は、大学卒業後、銀行員を経て、国家試験を受け、労働基準監督になったばかりの26歳。2019年4月、東京スカイツリーの眼下、隅田川のほとりにある吾妻労働基準監督署に配属されます。同監督署の監督官を取りまとめる立場にある第一方面主任の天沢涼香や、先輩格の藤原による温かい指導の下、戸惑いながらも、監督官の仕事と対峙し、成長していきます。「勤務態度が悪くて、丁寧に客と接しているとは思えないパートに対しても、真面目に働いているほかの従業員と同じように時給を払っているのに、一日数分の残業代まで支払う必要があるのか?」。それが弁当屋の店長の言い分。しかし、その言い分を鵜呑みにするわけにはいきません。確かに、清乃たちの職務は、立場の弱い労働者の権利を守ること。だが、一方に片寄ることのないバランス感覚もまた必要なのです。