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『空飛ぶタイヤ』 - リコールをめぐる当事者間での利害と思惑の交錯

リコール制度。設計・製造過程に問題があったとき、生産者が製品を回収して無料で修理することを意味します。その目的は、事実を公表し回収・修理をすることで、事故やトラブルを未然に防止することにあります。しかし、製品に問題があったということを明らかにすることは、当該企業に対する信頼度の低下を招いたり、責任問題を派生させたりすることにつながりかねません。事実を隠したいという心理が働きやすくなります。とりわけ、なんらかの事故やトラブルが起こってしまったあとでは、「リコール隠し」につながる可能性がより高まります。そのため、生産者(メーカー)・消費者(ユーザー)・被害者といった当事者間での激しい責任追及や攻防劇がしばしば引き起こされるのです。今回は、ニュースとして取り上げられることが多い自動車のリコールを扱った作品を二つ紹介します。

「リコールを扱った作品」の第一弾は、池井戸潤空飛ぶタイヤ』(実業之日本社、2006年)。「タイヤが飛んだ」! 大型トレーラーから外れたタイヤが空を飛び、歩道を歩いていた33歳の主婦を直撃。主婦は即死。原因は整備不良といった運送会社の責任か、もしくは設計・製造上の過誤といったメーカー側の責任か? リコールをめぐる利害関係者間の利害や思惑の違いが浮き彫りにされていきます。2009年にWOWOWで放映されたドラマ『空飛ぶタイヤ』(全五話。出演者は仲村トオルさん、田辺誠一さん)、2018年6月に公開された本木克英監督の映画『空飛ぶタイヤ』(出演者は、長瀬智也さん、高橋一生さん)の原作。

 

[おもしろさ] 「隠そう」VS「暴こう」

本書の魅力は、リコールをめぐって、「隠そう」とする巨大自動車メーカーと、「暴こう」とするユーザーとの息詰まる攻防劇の描写にあります。まず、「罪罰系迷門企業」と揶揄された大手自動車メーカーのホープ自動車内部における業績の低迷、各利害の錯綜、経営陣の慢心と旧態依然、メインバンクとの意識のズレなどを指摘することができます。次に、トレーラーのユーザーである運送会社では、本来的には「被害者」であるにもかかわらず、「加害者」にされ、世間の誹謗中傷や融資の差し止めなどの苦難を余儀なくされます。真実に辿り着こうとするユーザーの一途な姿に、読者は感動を覚えることでしょう! 

 

[あらすじ] 窮地に陥った運送会社の経営者の不退転の頑張り

32歳のとき、亡くなった創業社長の父の跡を継ぎ、10年が経過。従業員90人ほどの小さな運送会社社長として激務をこなしている赤松徳郎。ある日、事故が起こります。新参運転手が運転するホープ自動車製造の大型トレーラーから外れたタイヤ(直径1メートル、重さ約140キロ)が坂道で50メートルほど転がり、偶然にも歩道を歩いていた主婦を直撃。その主婦は死亡します。調べたところ、過積載、スピード違反、整備不良の事実はなし。ところが、警察による捜査、取引先の冷たい仕打ち、赤松のみならず家族や社員に対する誹謗中傷、融資の差し止めなど、赤松の心痛は増していきます。実際に整備状況を見ていないにもかかわらず、「整備不良が原因」というメーカー側の分析結果の結論が出されると、彼を取り巻く環境はさらに悪化。しかし、同じような事故が少し前にも起きたことを小耳に挟んだ赤松は、「構造上の欠陥」が原因ではと疑い始めます。こうして、さまざまな苦難を抱えながらも原因究明に立ち上がるのです。